前稿(第04回)では、権力の中核が「他者が依存する重要なリソースをコントロールすること」にあるという資源依存理論を論じた。この結論は、次なる問いを導き出す。すなわち、組織という複雑なシステムの中で、いかにしてその「コントロール」を可能にする戦略的優位性を確保するのか、である。
この問いに対し、社会ネットワーク分析(Social Network Analysis: SNA)は強力な回答を提示する。それは、権力は個人の属性(知性、経験、実績、カリスマ性)以上に、その個人が組織の社会的ネットワークにおいて占める「位置(Position)」によって決定されるという視座である。本稿では、このネットワーク理論の知見に基づき、権力が生まれる「場所」としての構造的優位性を解明する。
「弱い紐帯」がもたらす情報的優位
組織内の人間関係(ネットワーク)は、その関係性の強さによって「強い紐帯(Strong Ties)」と「弱い紐帯(Weak Ties)」に分類される。強い紐帯とは、家族や親友、頻繁に接触する同僚など、情緒的に密接で時間的投資も多い関係性を指す。対照的に、弱い紐帯とは、知人、他部署のたまに話す同僚、異業種交流会で名刺交換した相手など、接触頻度が低く情緒的結びつきも弱い関係性を指す。
我々は直感的に、強い紐帯こそが信頼でき、重要だと考えがちである。しかし、社会学者マーク・グラノヴェッター(Mark Granovetter)は、1973年の画期的な論文「弱い紐帯の強み(The Strength of Weak Ties)」において、この常識を覆した。
彼によれば、強い紐帯で結ばれたグループ(例:同じ部署の仲の良いチーム)の内部では、構成員が持つ情報や知識は高度に共有・重複しており、冗長化しやすい。真に新規性の高い情報や、異なる視点、あるいは異質なリソース(例:他部署の予算情報、転職先の情報)は、むしろ弱い紐帯を通じて、普段は接点のない別のグループからもたらされる可能性が圧倒的に高いのである。
権力の源泉としての「構造的空隙(Structural Holes)」
グラノヴェッターの議論をさらに発展させ、権力とネットワーク構造の関係を精緻化したのが、社会学者ロナルド・バート(Ronald Burt)の「構造的空隙(Structural Holes)」理論である。
「構造的空隙」とは、社会的ネットワークにおいて、相互に接続されていない個人または集団と集団の「間」に存在する「隙間」を指す。そして、この「隙間」に橋渡し(Brokerage)する形で位置取る者(=ハブ)は、組織内で絶大な権力上の優位性を獲得する。
例えば、営業部門、開発部門、マーケティング部門の3者が、それぞれ密な内部ネットワーク(強い紐帯)を持っているが、お互いの部門間は疎遠である(構造的空隙が存在する)と仮定する。この時、営業のA氏、開発のB氏、マーケティングのC氏と、それぞれ個人的な接点(弱い紐帯)を持つ人物Xが存在したとする。この人物Xこそが、「構造的空隙」を占める者である。
「構造的空隙」を占めることの戦略的便益
バートによれば、この位置(ハブ)にいる人物Xは、以下の3つの決定的な便益を享受する。
- 情報(Information):
人物Xは、他の誰よりも早く、営業、開発、マーケティングの各部門が持つ固有の情報を(しばしば排他的に)入手できる。A氏はB氏やC氏の動向を知らないが、X氏は全員の動向を知っているという「情報の非対称性」が生まれる。これにより、X氏は全体を俯瞰した独自の(そして価値の高い)判断を下すことが可能となる。 - コントロール(Control):
人物Xは、これら3部門間の情報伝達やリソースの仲介を実質的に制御(コントロール)する立場に立つ。彼は、どの情報を、どのタイミングで、誰に伝えるかを選別できる。彼は3部門の「間」にいることで、3部門「の上」に立つに等しい影響力を行使できるのである。 - 効率性(Efficiency):
強い紐帯で固まった集団内部の人間は、その関係維持のために多大な時間とエネルギー(調整コスト)を費やしがちである。一方、人物Xは、最小限の弱い紐帯を維持するだけで、多様かつ非冗長な情報・リソースに効率的にアクセスできる。
権力とは「位置取り」の戦略である
本稿で見たように、権力は個人の資質として「持つ」ものでもあるが、それ以上にネットワーク上の「位置」によって「生じる」ものである。第04回で論じた「他者が依存するリソースのコントロール」とは、具体的には、この「構造的空隙」という戦略的ポジションを占め、情報とリソースのハブ(仲介者)として機能することを意味する。
したがって、ビジョンを持つ者が権力を獲得するための戦略的実践とは、単に個人の能力(専門性など)を研鑽するだけにとどまらない。それは、自組織のネットワーク構造を冷静にマッピングし、どこに「構造的空隙」が存在するかを特定し、そして自らがその「隙間」を埋める「橋渡し役」となるべく、意識的に行動すること(=位置取り)に他ならない。
次回、第06回では、権力が機能するための物理的な枠組み、すなわち「組織デザイン(階層構造)」が、いかにして構成員の動機付けと権力の動員装置として機能するかを考察する。