第07回:可視性とアジェンダ設定 — 「存在」を知らしめ、評価基準を創る

これまでの連載で、我々は権力の基礎理論、その源泉(資源依存、ネットワーク構造)、そして権力を収める「器」としての組織デザイン(第04~06回)を分析してきた。これらは、権力がどのような環境と構造から生まれるかという「地図」であった。本稿からは、その地図の上で、個人が具体的にどのように権力を獲得していくかという「実践的戦略」に入る。

組織政治の舞台において、権力獲得のプロセスは、その他大勢の無名性から脱却し、「認識される存在」になることから始まる。本稿では、権力獲得の第一歩としての「可視性」の戦略的構築と、それをさらに強固にするための「アジェンダ設定」の技術について詳述する。

可視性の戦略的構築

組織内において、いかに優れた実績を上げたとしても、あるいは非凡な潜在能力を秘めていたとしても、その事実が権力を持つ主要なアクター(上級管理者、意思決定者、スポンサー)によって認識されなければ、それは政治的には存在しないものと同義である。権力獲得のゲームは、まず競技者として「エントリー」すること、すなわち自身の存在を「可視化」することから始まる。

しかし、ここでいう可視性とは、単に目立つこと—例えば、会議で大声を出す、奇抜な服装をするといった表層的な行為—とは根本的に異なる。戦略的な可視性とは、「重要な存在」として認識されることである。

これは、以下の要素によって構築される。

  1. 関連性:
    自身の業務や成果が、組織の現在(あるいは未来)の重要課題や、上司が関心を持つアジェンダと密接に関連していると認識させること。

  2. 有能性:
    その重要課題の解決において、自身が不可欠なスキルや知見を有していると認識させること。

  3. 信頼性:
    重要な局面において、期待された成果を一貫して提供できる存在であると認識させること。

実績は、それ自体が目的ではなく、この戦略的可視性を構築するための証拠として機能するのである。

アジェンダ設定:自らが有利となる「ゲームの規則」を創る

単に既存の評価基準の下で「可視化」されるだけでは、権力獲得の戦略としては不十分である。なぜなら、その評価基準は、必ずしも自らの強みやビジョンを正当に評価するものとは限らないからだ。より高度な戦略は、評価が行われるその「文脈」自体に影響を与えること、すなわち「アジェンダ設定」である。

アジェンダ設定とは、組織が「何を重要とみなし」「何を成功と定義し」「どのような基準で評価するか」という「ゲームの規則」そのものの策定プロセスに関与し、影響力を行使する技術である。

例えば、既存の評価基準が「コスト削減率」のみに焦点を当てている場合、その基準ではコスト削減スキルに長けた者が優位に立つ。しかし、もしビジョナリーであるあなたが「イノベーション創出」や「新規市場開拓」に独自の強みを持つならば、あなたは「組織の評価基準に、イノベーションへの貢献度を加えるべきだ」と働きかける(=アジェンダ設定を行う)必要がある。

    アジェンダ設定の実践的手法

    自らに有利な評価基準やルールメイキングに関与する手法は、多岐にわたる。

    • 基準策定への参加:
      新たな人事評価制度、プロジェクト選定基準、コンプライアンス・ルールなどを策定する委員会やタスクフォースに自ら進んで参加する。

    • 問題の再定義:
      組織が直面している問題を、自らの専門性や強みが「唯一の解決策」として浮かび上がるように再定義(リフレーミング)して提示する。

    • 新規プロジェクトの主導:
      自らのビジョンと強みが最大限に発揮されるような新規プロジェクトを立案・主導し、それを組織の「新たな成功モデル」として既成事実化する。

    この技術の本質は、他者が設定した土俵の上で戦うのではなく、自らの強みが最も評価される土俵(評価基準)を自ら創り出すことにある。成功すれば、あなたは単なる「優秀なプレイヤー」から、「ゲームのルールを創る者」へと移行し、権力の源泉(第04回)の一つである「正当性」の一部を掌握することになる。

      「認識」され「評価基準」に影響を与える

      権力獲得の第一歩は、受動的に評価されるのを待つのではなく、能動的に自らの「可視性」を構築することである。さらに、優れた権力戦略家は、既存の基準に自己を適合させるだけでなく、自らのビジョンと能力が正当に(あるいは過剰に)評価されるよう、組織の「アジェンダ設定」そのものに関与していく。

      こうして「認識」され、「評価基準」に影響を与えた後、次なるステップは、権力構造のヒエラルキーにおいて直接的な影響力を持つ「上方」への働きかけである。

      次回、第08回では、権力獲得の鍵となる「上方への影響力」、すなわち上司をいかに戦略的に管理するかについて論じる。

      でるたま~く

      グローバル戦略の支援企業でCEOを務めています。英国で高校教師を務めた後、ドイツで物理学の研究を続けました。帰国後はR&D支援のマネージャー、IT企業の開発PMを経て現在に至ります。趣味はピアノとギター演奏。

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