第09回:究極のトーンを求めて – Matchless, Friedmanにみる「ブティックアンプ」の世界

ブティックアンプという潮流

1980年代後半から1990年代にかけ、ギターアンプリファイアの市場において、新たな潮流が明確に形成され始めた。それは「ブティックアンプ(Boutique Amplifier)」と呼ばれるムーブメントである。

これは、FenderやMarshallといった大手メーカーによるマスプロダクション(大量生産)体制とは一線を画し、小規模な工房において、ビルダー(製作者)個人の明確な音響哲学に基づき、厳選された高品質なコンポーネント(トランス、コンデンサ、真空管など)を用いて製造されるアンプ群を指す。

多くの場合、プリント基板(PCB)を用いず、配線材をラグや端子に直接はんだ付けしていく「ポイント・トゥ・ポイント(Point-to-Point)配線」を採用することが特徴である。

この製造方法は、生産効率が著しく低い反面、信号経路の純度を保ち、部品間の干渉を最小限に抑え、ビルダーの意図した通りの音響特性と、ピッキング・ダイナミクスに対する卓越した応答性(Touch Sensitivity)を実現する。

本稿では、このブティックアンプという潮流を代表するいくつかのモデルを分析し、その音響的特徴と設計思想を考察する。

1986 Matchless DC30 (C-30):VOX AC30の再構築

ブティックアンプ・ムーブメントの火付け役として、マーク・サンプソン(Mark Sampson)らが1989年に設立したMatchlessのDC30(C-30)は、象徴的な存在である。

  • 音響的特徴:
    その設計思想は、第3章で述べたVOX AC30(クラスA級動作、EL84パワー管)の音響特性を、現代的なコンポーネントと設計で「再構築」することにあった。
    DC30は、AC30が持つ「チャイミー(Chimey)」な高音域と豊かな倍音構成を継承しつつ、弱点とされていた曖昧な低音域(Low-end)をタイトに引き締め、音全体の解像度を劇的に向上させた。また、チャンネル1にEF86管、チャンネル2に12AX7管を用いたプリアンプ回路は、それぞれ異なるキャラクターのクランチサウンドを提供し、それらをブレンドすることも可能とした。その結果、ピッキングのニュアンスがダイレクトに音に反映される、極めてレスポンスの速いアンプが誕生した。
  • 適合ジャンル:
    カントリー、J-POP、オルタナティブ・ロック、スタジオ・レコーディング
  • 使用アーティスト:
    スタジオミュージシャンを中心に、そのクリアなトーンを求めるギタリスト(例:トム・ペティ)に広く受け入れられた。

2005 Friedman HBE (Hairy Brown Eye):”改造マーシャル”の完成形

デイヴ・フリードマンは、長年にわたりエディ・ヴァン・ヘイレンやスティーヴ・スティーヴンスといったトップギタリストのアンプ・モディファイ(改造)を手掛けてきた。Friedmanアンプは、その改造で培われたノウハウを製品化したものである。

  • 音響的特徴:
    Friedman HBE(Hairy Brown Eye)は、その名の通り、エディ・ヴァン・ヘイレンの初期のトーンとして知られる「ブラウン・サウンド」、すなわちMarshallプレキシ(EL34パワー管)をホットロッド(Hot-rodded)したサウンドを基盤としている。
    第6章で述べたSoldano SLO 100が80年代ハイゲイン・リードトーンの一つの完成形であるならば、Friedman HBEは、それよりもヴィンテージMarshallの持つ「生々しさ」や「バイト感(Bite)」を色濃く残した、ハードロック・トーンの完成形である。HBEモード(ゲインブースト)は、アンプ単体で豊かで飽和感のあるディストーションを生み出しつつも、和音の分離感やピッキングへの追従性を失わない、絶妙なバランスを実現している。
  • 適合ジャンル:
    ハードロック、80sリバイバル、HR/HM全般
  • 使用アーティスト:
    リッチー・サンボラ(Bon Jovi)、フィルX(Bon Jovi)、ビル・ケリハー(Mastodon)など、クラシックなロックトーンをモダンな環境で必要とするギタリストに愛用されている。

その他のブティック・アンプ群:多様化する音響哲学

MatchlessとFriedmanがそれぞれ「VOX系」「Marshall系」という古典の再解釈を軸としたのに対し、90年代以降、ビルダーの哲学はさらに多様化・細分化していく。

  • Budda Superdrive:
    FenderツイードとMarshallプレキシの中間的な音響特性を狙ったアンプ。極めてシンプルなコントロール(Volume, Treble, Mid, Bassのみ)を持ち、ギター本体のボリュームノブとピッキングの強弱でクリーンからドライブまでを制御することを前提とした、タッチ・センシティブな設計が特徴である。
  • 2001 DR Z MAZ 38:
    Matchlessと同様にEL84管を採用し、クラスA級動作に近いサウンドを持つが、よりFenderブラックフェイスにも通じる強靭なクリーン・トーンとヘッドルームを併せ持つ。トーン回路(Treble, Mid, Bass)とは独立して機能する「Cut」ノブが特徴で、パワーアンプの倍音構成を直接コントロールし、音の最終的な煌びやかさを調整する。
  • Two Rock Emerald 50:
    アレクサンダー・ダンブル(Alexander Dumble)が製作した伝説的なアンプ「Dumble Overdrive Special」の音響特性に強くインスパイアされた、いわゆる「D系」アンプの一つ。その本質は、圧倒的なダイナミクスと解像度を持つ「究極のクリーン・トーン」にある。このクリーンは、エフェクター・ペダル(特にオーバードライブ)の特性を忠実に再生するプラットフォームとして、極めて高い評価を得ている。
  • Carr Mercury:
    ブティックアンプのもう一つの潮流である「ロー・ワッテージ(低出力)」の代表格。パワーアンプをフルドライブさせた際の豊かな飽和感を、大音量を必要とせずに得ることを目的とする。Mercuryは高機能なアッテネーター(電力減衰器)を内蔵し、出力を10Wから0.1Wまで無段階に調整可能であり、レコーディングや自宅での使用に最適化されている。

デジタルモデリング環境への応用

アンプシミュレーターにおいてブティックアンプのモデルを扱う際、最も重要なのは「タッチ・センシビリティ(ピッキングへの応答性)」の再現である。

これらのアンプ(特にMatchless, Dr.Z, Budda)の真価は、ゲインを最大にしたディストーション・サウンドにあるのではなく、クリーンと歪みの境界領域である「エッジ・オブ・ブレイクアップ(Edge-of-Breakup)」にある。

シミュレーター上でこれらのモデルを使用する際は、アンプのゲインは控えめに設定し、ギター本体のボリュームノブやピッキングの強弱によって、クリーン、クランチ、ドライブの各サウンドを弾き分けることを試みるべきである。一方、Friedmanモデルは、単体で完成されたハードロック・サウンドを提供するため、JCM800モデルのように外部ブースターを必要としない場合が多い。

まとめ

ブティックアンプとは、大手メーカーのマスプロダクションが見過ごした「ニッチな要求」や、ビルダー個人の「理想の音響哲学」を、採算度外視で追求した結果生まれた、音響工芸品である。その多くは、VOX AC30やMarshallプレキシといった歴史的銘機への回帰と、その現代的再構築という側面を持つ。

これまでの章で、我々はFenderから始まり、Marshall、HIWATT、Mesa Boogie、Diezel、そしてブティックアンプに至る「真空管アンプ」の進化の系譜を追ってきた。しかし、この系譜とは全く異なる設計思想に基づき、世界中のスタジオで「スタンダード」としての地位を確立した、日本製の特異なアンプが存在する。

次章(最終章)では、この孤高の存在であるRoland JC-120について論じ、本連載の総括とする。

でるたま~く

グローバル戦略の支援企業でCEOを務めています。英国で高校教師を務めた後、ドイツで物理学の研究を続けました。帰国後はR&D支援のマネージャー、IT企業の開発PMを経て現在に至ります。趣味はピアノとギター演奏。

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