第07回:ハイゲインのもう一つの系譜:Mesa Boogieが起こした“発明”としての革命

ガレージから生まれた第三の潮流

前章で論じたMarshall-Soldanoの系譜が、英国アンプのDNAを基盤とした「ブリティッシュ・ハイゲイン」の王道であるならば、それと同時期に米国西海岸で独自の進化を遂げたのが、Mesa Boogie(メサ・ブギー)である。

Mesa Boogieの歴史は、ランドール・スミスが1960年代末、カリフォルニアの小さなガレージでFender Princeton(小型アンプ)を改造し、高出力・高ゲインなアンプへと変貌させたことから始まる。この「Fenderアンプのモディファイ」という出自は、SoldanoがMarshallのモディファイから発展したことと好対照を成しており、Mesa Boogieが「アメリカン・ハイゲイン」と呼ばれるサウンド・キャラクターの基盤を形成したことを示唆している。本稿では、Mesa Boogieがアンプ設計にもたらした数々の「発明」について考察する。

Mesa Boogie Mark Series (MK I / MK III)

ランドール・スミスの改造Princetonは、その小さな筐体からは想像もつかない大音量と、豊かなサステインを持つリードトーンでギタリストを驚愕させ、「Boogie」という愛称を得た。これが製品化されたのが、Mark I (MK I)である。

  • 技術的特徴:Mesa Boogieの革新性は、以下の三点に集約される。
    1. カスケード・ゲイン(Cascading Gain):
      Soldano SLO 100の登場(1987年)に先立ち、Mesa Boogieはプリアンプ段に複数のゲインステージを直列に接続(カスケード)させ、アンプ単体で強烈な歪みを生み出す回路を実用化していた。
    2. フットスイッチによるチャンネル切り替え:
      MK II以降のモデルでは、このハイゲインな「リード」チャンネルと、独立した「クリーン」チャンネルをフットスイッチで瞬時に切り替える機構を搭載。これは、ギタリストがライブ演奏中に1台のアンプでクリーンとリードを使い分けることを可能にした、革命的な発明であった。
    3. オンボード・グラフィックEQ:
      アンプの最終段に、スライダーで特定の周波数帯域をブースト/カットできる5バンド・グラフィック・イコライザー(GEQ)を搭載した。
  • 音響的特徴:
    Markシリーズは、Fender由来の煌びやかなクリーンと、カスケード・ゲインがもたらす、中音域が豊かで歌うような(Singing)サステインを持つリードトーンを両立させた。特にグラフィックEQは、伝統的なBass/Middle/Trebleのトーン回路とは独立して機能し、サウンドの最終的な輪郭を決定づける強力なツールとなった。
  • 適合ジャンル:
    フュージョン、プログレッシブ・ロック、ハードロック
  • 使用アーティスト:
    カルロス・サンタナがMK Iを使用したことで、その滑らかなリードトーンは世界的に認知された。その後、ジョン・ペトルーシ(Dream Theater)がMark IIIやMark IVを長きにわたり愛用し、プログレッシブ・メタルシーンにおけるMesa Boogieの評価を不動のものとした。

Mesa Boogie Dual Rectifier(1989年発表、90年代に隆盛)

Markシリーズがテクニカルなギタリストの支持を集めたのに対し、90年代のオルタナティブ・ロック、ニューメタルといった新たなムーヴメントのサウンドを定義したのが、Dual Rectifier(デュアル・レクチファイア)である。

  • 技術的特徴:
    最大の特徴は、モデル名にもなっている「レクチファイア(Rectifier:整流器)」の選択機能にある。アンプの電源部は、交流(AC)を直流(DC)に変換するために整流回路を必要とする。Dual Rectifierは、この整流素子として、伝統的な真空管(Tube Rectifier)と、近代的なシリコンダイオード(Silicon Diode Rectifier)の2種類を搭載し、奏者が任意に選択(あるいは併用)できる設計を採用した。
  • 音響的特徴:
    整流素子の違いは、アンプの音色そのものではなく、「弾き心地(Feel)」と「レスポンス(Response)」に多大な影響を及ぼす。

    • 真空管整流:
      電源の応答が緩やかで、強いアタック音(ピッキング)に対して一時的に電圧が降下(”Sag”:サグ)する。これにより、聴感上のコンプレッション感(圧縮感)が生まれ、サウンドは「柔らかく」「弾力(Spongy)のある」感触となる。
    • ダイオード整流:
      電源の応答が極めて速く、電圧降下(サグ)がほとんど発生しない。これにより、ピッキングのアタックは忠実に、速く、硬質に再生される。サウンドは「タイト(Tight)」で「アグレッシブ」な感触となる。

    Dual Rectifierは、このタイトなダイオード整流と、Markシリーズで培われたハイゲイン回路、そしてグラフィックEQ(またはそれに準ずる強力なトーンシェイピング)を組み合わせることで、地を這うような重低音と、中音域を意図的に大きくカット(Scoop)した、えぐるような「ドンシャリ」サウンドを生み出すことに成功した。

  • 適合ジャンル:
    オルタナティブ・ロック、グランジ、ニューメタル、ラウドロック
  • 使用アーティスト:
    メタリカ(Metallica)の使用がその人気を決定づけたほか、コーン(Korn)、リンプ・ビズキット(Limp Bizkit)、トゥール(Tool)、サウンドガーデン(Soundgarden)など、90年代のロックシーンを席巻したバンドの多くが、この「レクチ・サウンド」を採用した。

デジタルモデリング環境への応用

アンプシミュレーターでMesa Boogie系モデル、特にRectifierモデルを扱う際は、以下の二点が不可欠である。

  1. グラフィックEQ(GEQ)の活用:
    「レクチ・サウンド」の核は、アンプ本体のBass/Middle/Trebleのノブではなく、グラフィックEQ(またはそれに準ずるポストEQ)で作られることが多い。特に中音域(Middle)を大胆にカットし、低音域(Low)と高音域(High)をブーストする「Vシェイプ」の設定は、あのモダンハイゲイン・サウンドを得るための定石である。
  2. Rectifier(整流方式)の選択:
    シミュレーターが整流方式の選択(”Tube” vs “Diode” / “Modern” vs “Vintage”)をモデリングしている場合、その違いを明確に意識する必要がある。タイトで速いリフを求める場合は「ダイオード(Modern)」、よりサステイン豊かでブルージーな感触を求める場合は「真空管(Vintage)」を選択するのが基本セオリーである。

まとめ

Mesa Boogieは、Fenderアンプの改造から出発しながらも、カスケード・ゲイン、チャンネル切り替え、グラフィックEQ、そしてレクチファイア選択という数々の技術革新を成し遂げ、Marshall系とは異なる「アメリカン・ハイゲイン」という巨大な潮流を創り出した。Markシリーズがテクニカルなリードトーンの頂点の一つを示したとすれば、Dual Rectifierは90年代のロック・サウンドスケープそのものを定義したと言っても過言ではない。

Soldanoが改造マーシャルの「理想形」を追求したとすれば、Mesa Boogieはアンプの機能性を「発明」によって拡張した。しかし、ハイゲインの探求は米英だけに留まらなかった。次章では、この米英のハイゲイン戦争に対し、ヨーロッパ大陸から参戦し、さらに重厚かつ緻密なサウンドを提示したモダン・ハイゲイン・アンプ群について論じる。

でるたま~く

グローバル戦略の支援企業でCEOを務めています。英国で高校教師を務めた後、ドイツで物理学の研究を続けました。帰国後はR&D支援のマネージャー、IT企業の開発PMを経て現在に至ります。趣味はピアノとギター演奏。

関連記事