第03回:ブリティッシュ・インヴェイジョン – VOXとMarshall、英国アンプの誕生

ブリティッシュ・サウンドの幕開け

1950年代から60年代初頭にかけ、ロックンロールという新たな音楽が米国から英国へ波及した際、現地のミュージシャンたちは米国製Fenderアンプの強烈なサウンドに憧れを抱いた。しかし、当時の英国では戦後の輸入規制の影響により、これら米国製アンプは高価で入手困難な存在であった。

この市場の空白と、国内ミュージシャンからの「より大きく、より個性的な音」への要求が、英国独自のアンプ製造産業を育む土壌となった。その結果、Fenderアンプの音響特性とは一線を画す、独特の中音域の粘りやサチュレーション特性を持つ「ブリティッシュ・サウンド」が誕生することとなる。本稿では、その黎明期を代表する二つのブランド、VOXとMarshall誕生の経緯と音響的特徴について論じる。

VOX AC30 / AC15:リバプール・サウンドの響き

英国アンプの草分け的存在であるトム・ジェニングス率いるJMI(Jennings Musical Instruments)社は、ギタリストディック・デニーの設計によりAC15、そしてその高出力版であるAC30を世に送り出した。

  • 音響的特徴:
    VOXサウンドを決定づける最大の要因は、Fenderとは異なる、パワーアンプ設計とパワー管の採用にある。FenderのクラスAB級プッシュプル動作(Class AB Push-Pull)に対して、クラスA級動作を採用したことで、信号の全領域で増幅素子が動作し続けるため、クロスオーバー歪み(ゼロクロス歪み)が原理的に発生せず、極めてリッチな倍音構成を持つ。またEL84管は、Fenderの6L6管や6V6管に比べ、高域が煌びやかで圧縮感(Compression)の強い飽和特性を示す。これにCelestion製アルニコ・ブルー・スピーカーが組み合わさることで、「チャイミー(Chimey)」と形容される独特の鈴鳴り感と、アタックに追従する複雑な中高音域の倍音が得られる。
  • 適合ジャンル:
    ブリティッシュ・ビート、ポップス、ロック
  • 使用アーティスト:
    AC30は特にザ・ビートルズ(The Beatles)の使用によって世界的に有名になり、まさしく「リバプール・サウンド」の象徴となった。その後もブライアン・メイ(Queen)やジ・エッジ(U2)など、その唯一無二のトーンを求めるギタリストによって継承されている。

Marshall ’67 JTM45 / 1962 Bluesbreaker:ロック・トーンの原点

ドラムショップの経営者であったジム・マーシャルは、ピート・タウンゼント(The Who)ら地元のギタリストから「Fenderアンプよりもラウドで、アグレッシブなアンプ」を求められ、アンプ開発に着手した。

  • 音響的特徴:
    JTM45の回路は、前章で述べたFender ’59 Bassman(5F6-A)の回路図をほぼそのままコピーしたものである。しかし、そのサウンドはBassmanとは明確に異なる。この差異を生み出した要因は、米国の部品が入手困難であったために、英国で調達可能な代替部品を使用したことにある。

    1. 真空管:
      プリアンプ管にはECC83(12AX7と同等だが特性に差異がある)、パワー管には米国製6L6の代わりに英国GEC製のKT66管(後にEL34管へ移行)を採用。
    2. トランス:
      英国製トランスの使用による周波数特性と飽和特性の変化。
    3. スピーカー:
      Jensen製スピーカーの代わりにCelestion製スピーカーを採用し、それをBassmanのオープンバック(背面開放型)ではなく、クローズドバック(背面密閉型)キャビネットに搭載。

    これらの変更、特にクローズドバック・キャビネットの採用は、Fenderの開放的なサウンドとは対照的な、タイトな低音域と強力に焦点を絞った中音域(Mid-range Punch)を生み出した。これが、Bassmanの持つウォームな特性と融合し、「ブリティッシュ・クランチ」と呼ばれる、太く粘りのあるドライブ・サウンドの原型となった。 なお、「Bluesbreaker(ブルースブレイカー)」の愛称で知られるModel 1962は、このJTM45のアンプヘッドを2基の12インチ・スピーカーと共にコンボタイプに収めたものである。

  • 適合ジャンル:
    ブルースロック、クラシックロック
  • 使用アーティスト:
    エリック・クラプトン(Eric Clapton)がジョン・メイオール&ザ・ブルースブレイカーズ在籍時にこのModel 1962コンボを使用したことはあまりにも有名であり、その後のロック・ギター・トーンの指標となった。

デジタルモデリング環境への応用

アンプシミュレーターにおいて、これらのアンプモデルを選択する際は、単なる歪み量の違いではなく、その根本的な音響特性に基づいて使い分ける必要がある。

  • Fender系:
    クリーン・トーンのプラットフォームとして、また煌びやかなカッティング・サウンドとして機能する。
  • VOX系:
    ピッキングの強弱でクリーンとクランチがシームレスに変化する「エッジ・オブ・ブレイクアップ」のサウンドに最適。アルペジオやリズムギターに独特の輝きを加える。
  • Marshall (JTM) 系:Fenderのクリーンさと、後のMarshallのハイゲインの中間に位置する。ウォームで太いクランチ・サウンドが必要なブルースやクラシックロックのリフに最適である。

まとめ

1960年代の英国において、Fenderアンプという「お手本」は、現地の部品調達の制約とミュージシャンの要求によって、VOXの「チャイミーなトーン」とMarshallの「クランチ・トーン」という、二つの異なる方向性へと独創的な進化を遂げた。

特にMarshallのサウンドは、ロックミュージックの大音量化への要求と呼応し、さらなる進化を遂げる。次章では、Marshallアンプが「プレキシ」という愛称で呼ばれ、ハードロックの象徴的な「壁」となる時代について詳述する。

でるたま~く

グローバル戦略の支援企業でCEOを務めています。英国で高校教師を務めた後、ドイツで物理学の研究を続けました。帰国後はR&D支援のマネージャー、IT企業の開発PMを経て現在に至ります。趣味はピアノとギター演奏。

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