第02回:アメリカン・サウンドの原点 – Fenderアンプが確立したクリーン・トーンの系譜

Fenderという「標準」

ギターアンプの歴史において、レオ・フェンダー(Leo Fender)とその企業が果たした役割は、単なる一製造者のそれを超えている。Fender社は、エレクトリック・ギターのマスプロダクションを成功させただけでなく、そのギターの音声を増幅するための「標準器」ともいえるアンプの基本設計を確立した。

特に、彼らが定義した「クリーン・トーン」は、その後の音楽ジャンル、とりわけカントリー、ブルース、ファンク、ジャズにおいて絶対的なベンチマークとなった。本稿では、Fenderアンプの技術的変遷を辿り、そのサウンドがどのように形成され、後世に多大な影響を与えたかを考察する。

Fenderサウンドの技術的変遷

Fenderアンプのサウンド・キャラクターは、製造年代によって大きく二つの時代に大別される。それは外装材に由来する呼称、「ツイード期」と「ブラックフェイス期」である。

ツイード期(The Tweed Era: 1950年代)

1950年代に製造された、ラッカー塗装されたツイード(Tweed:ウールを使用した太く粗い紡毛糸で織られた厚手の毛織物)生地で筐体が覆われたモデル群を指す。この時期の回路は比較的シンプルであり、使用されるパイン材のキャビネットと相まって、温かく(Warm)、豊かな中音域(Mid-range)を持つことを特徴とする。

音響特性としては、クリーン・ヘッドルーム(歪み始めるまでの音量許容範囲)が比較的狭く、ボリュームを上げるにつれて早期に飽和(Saturation)し始める。このサチュレーションは、ピッキングの強弱に鋭敏に反応する、ダイナミックで音楽的なオーバードライブ・サウンドを生み出す。

ブラックフェイス期(The Blackface Era: 1960年代中期)

1963年頃から1967年頃まで製造された、黒いトーレックス(Tolex:アンプやスピーカーキャビネットの表面に使われるビニール系の素材)の外装と黒いコントロール・パネルを持つモデル群を指す。CBS社による買収前後のこの時期、Fenderアンプの回路設計は大きな変革を迎えた。

ツイード期と比較し、プリアンプ部のゲインは抑えられ、パワーアンプ部の設計変更により、クリーン・ヘッドルームが劇的に増大した。その結果、サウンドはより硬質でクリアになり、ツイード期の特徴であった中音域が抑制され、高音域(Treble)と低音域(Bass)が強調された、いわゆる「ドンシャリ」(Scooped Mid-range)傾向のトーンとなった。また、この時期のモデルの多くには、スプリング・リバーブとビブラート(実際には振幅変調であるトレモロ)が標準搭載され、Fenderアンプの代名詞となった。

代表的モデルの音響特性分析

Fenderの歴史において、特に後世への影響が大きかった代表的な2系統のモデルについて分析する。

’59 Fender Bassman(Model 5F6-A)

ツイード期の最終形態であり、Fenderアンプの最高傑作の一つと評されるモデルである。

  • 音響的特徴:
    元来はベーシスト向けに設計されたが、ギタリストによってその真価が見出された。10インチ・スピーカー4基を搭載したキャビネット構成は、レスポンスが速く、パンチのあるサウンドを生み出す。ツイード期の特徴である温かさを持ちながらも、50Wクラスの出力は十分な音圧を確保する。ボリュームを上げた際の、クリーンからクランチ、そしてオーバードライブへと遷移する過程は極めて音楽的であり、多くのギタリストを魅了した。
  • 歴史的意義:
    このBassmanの回路図は、イギリスのジム・マーシャル(Jim Marshall)によってほぼそのままコピーされ、初期のMarshallアンプ(JTM45)の原型となった。すなわち、Bassmanは「アメリカン・サウンド」の頂点であると同時に、「ブリティッシュ・サウンド」の直接的な源流となった歴史的転換点に位置するアンプである。
  • 適合ジャンル:
    ブルース、ロックンロール、カントリー
  • 使用アーティスト:
    バディ・ガイ(Buddy Guy)、ジェフ・ベック(Jeff Beck)など多数

’65 Twin Reverb / ’65 Deluxe Reverb

ブラックフェイス期を象徴する、2つの異なる出力を持つモデル群である。

  • ’65 Twin Reverb(ツインリバーブ):
    • 音響的特徴:
      85Wという高出力と12インチ・スピーカー2基の組み合わせにより、巨大なクリーン・ヘッドルームを持つ。極めて大音量でも歪みにくく、煌びやかで透明感のある高音域は「鈴鳴り(Chime)」と形容される。搭載されたスプリング・リバーブの深遠な響きと合わせ、60年代以降のクリーン・トーンの標準を定義した。
  • ’65 Deluxe Reverb(デラックスリバーブ):
    • 音響的特徴:
      約22Wの出力と12インチ・スピーカー1基という構成。Twin Reverbの音響特性を継承しつつも、出力が小さいため、より現実的な音量でパワーアンプの飽和(パワーアンプ・ディストーション)を得ることが可能である。この「クリーンでありながら、強く弾くと適度に歪む」特性が、レコーディングや小規模なライブにおいて絶大な支持を集めた。
  • 適合ジャンル:ファンク、ジャズ、カントリー、ポップス、サーフ・ミュージック
  • 使用アーティスト:ラリー・カールトン(Larry Carlton)、スティーヴィー・レイ・ヴォーン(Stevie Ray Vaughan)、ジョニー・マー(Johnny Marr)など、ジャンルを問わず無数のギタリストが使用

その他のFender名機群

上記以外にも、Fenderのサウンドを定義する上で欠かせないモデルが存在する。

  • Fender Tweed Deluxe(Model 5E3):
    小型ツイード・コンボの代表格。早期に歪み始め、独特のコンプレッション感とファットなドライブサウンドを持つ。レコーディングにおいて重宝される。
  • ’63 Fender Vibroverb:
    ブラックフェイス期に先立ち、初めてオンボード・リバーブを搭載したモデル(ブラウンフェイス期)。
  • ’90 Fender Vibro King:
    90年代に登場した、ツイードとブラックフェイスの要素を融合させた、Fender自身によるブティック・アンプ的アプローチのモデル。

デジタルモデリング環境への応用

アンプシミュレーターにおいてFender系モデルを活用する際、以下の点を考慮すべきである。

  1. トーンの基準点:
    ブラックフェイス系モデル(Twin Reverbなど)は、音響特性がフラットに近いため、音作りの「基準点」として最適である。
  2. エフェクター・プラットフォーム:
    クリーン・ヘッドルームが広いため、オーバードライブやディストーション、空間系エフェクターのサウンドを純粋に反映させる「プラットフォーム」としての使用に最も適している。
  3. 歪みの選択:
    ツイード系(Bassman, Tweed Deluxe)はアンプ自体を歪ませるブルースやロックンロール的なアプローチに、ブラックフェイス系はクリーンを基本としたカッティングやアルペジオ、またはペダルによる歪み生成に向いている。

まとめ

Fenderアンプは、「クリーン・トーン」という概念を創出し、その標準を確立した。ツイード期に完成された温かいドライブ・サウンドはブリティッシュ・アンプの源流となり、ブラックフェイス期に確立された煌びやかなクリーン・サウンドは、その後のあらゆる音楽ジャンルの基盤となった。

次章では、このFender Bassmanの回路図を基に、海を渡ったイギリスで独自の進化を遂げ、ロックミュージックのもう一つの極である「ブリティッシュ・サウンド」を形成したVOXおよびMarshallアンプの誕生について論じる。

でるたま~く

グローバル戦略の支援企業でCEOを務めています。英国で高校教師を務めた後、ドイツで物理学の研究を続けました。帰国後はR&D支援のマネージャー、IT企業の開発PMを経て現在に至ります。趣味はピアノとギター演奏。

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