前稿(第07回、第08回)までにおいて、我々は権力獲得のための実践的戦略として、組織内での「可視性」の確保や「アジェンダ設定」、さらには「上方管理(Managing Up)」の技術について個別に分析してきた。これらは、組織政治の舞台における基本的な「戦術」である。
本稿では、これらの戦術が時間軸の中でどのように組み合わされ、個人のキャリア・ダイナミクスとして結実していくか、すなわち権力獲得に至る「経路」について考察する。組織や状況によって無数のバリエーションが存在するが、その動態は大きく二つの典型的なパターンに大別できる。それは、既存のヒエラルキーを内部から上昇していく「パターンA:内部登用・昇進の経路」と、自ら組織を創設、あるいは外部から主導権を掌握する「パターンB:創設・奪還の経路」である。
パターンA:内部登用・昇進の経路
このパターンは、第06回で論じた「権力の器(階層構造)」という既存の秩序の内部で、いかにして上位のポジションへと昇っていくかという、最も一般的な権力獲得の道筋である。
一般層から管理層へ:認知と引き上げ
この初期段階は、主に「認知」の獲得プロセスである。ここでは、第07回で論じた「可視性(実績を出して目立つこと)」と、第08回で論じた「上方管理(管理層に気に入られること)」が決定的に重要となる。
個人の専門性や業務実績は、管理層(ゲートキーパー)の関心事と合致して初めて「価値」として認識される。この段階での昇進は、多くの場合、個人の純粋な能力評価というよりも、管理層の特定のメンバーによる「スポンサーシップ」—すなわち、積極的な後援と「引き上げ」—によって実現される。
管理層から幹部層へ:政治的ゲームの本格化
管理層から幹部層への移行は、単一の上司への貢献(Managing Up)だけでは達成困難な、より複雑な政治的ゲームとなる。このレベルでは、以下の要素が要求される。
- 幹部層全体への貢献(幹部層を手伝う):
直属の上司だけでなく、組織の意思決定を担う複数の幹部層メンバーの課題解決に貢献し、自らの有能性を広範に認知させる。 - 派閥間の流動性と知名度(他の幹部層からの引き合い):
特定の派閥に属しつつも、他の幹部層や部門からも「引き合い(=必要とされる)」状態を作り出す。これは第05回で論じた「構造的空隙」を占める戦略にも通じる。 - ステークホルダーへの浸透:
組織内部の幹部層だけでなく、外部の重要なステークホルダー(大口顧客、主要取引先、時には規制当局)にも名が知られ、評価されることが、幹部層への登用を後押しする強力な「外圧」となり得る。
このパターンAの最終段階、すなわち幹部層から組織の頂点(例:CEO)への道は、さらに異質なゲームであり、指名委員会や取締役会といった最高意思決定機関の政治力学に左右され、必ずしも内部昇進の延長線上にあるとは限らない(「上がれない」という壁の存在)。
パターンB:創設・奪還の経路
このパターンは、既存のヒエラルキーに従属するのではなく、自らが「トップ」として権力の中心を創り出す、あるいは既存の組織の主導権を(しばしば外部から)奪還する経路である。これは起業家、革命家、あるいは外部から招聘された再建請負人(ターンアラウンド・マネージャー)に見られる動態である。
正統性の源泉:「大義名分」の提示
権力は正統性を必要とする(第04回)。パターンAでは「役職」が正統性を与えるが、ゼロから権力を構築するパターンBでは、まず「大義名分」を掲げることが不可欠の第一歩となる。
この大義名分とは、市場の未解決の課題、既存組織の腐敗の打破、あるいは社会的な使命といった、人々が結集するに足る強力なビジョンや物語(ナラティブ)である。これが、初期のリソース(人材、資金)を引き寄せる磁力となる。
権力基盤の構築:「側近(Inner Circle)」の形成
トップは一人では権力を行使できない。大義名分に惹きつけられた人々の中から、絶対的な信頼を置ける「側近(Inner Circle)」を選び、権力の中枢を固める必要がある。初期段階において、この選定は能力や実績よりも、個人的な信頼関係や忠誠心、近接性(「身の回りにいる人」)が優先されることが多い。
組織拡大と権力の制度化
組織が成長・拡大するにつれ、初期の側近集団だけでは機能不全に陥る。より高度な専門知識やマネジメント能力を持つ人材(「側近より優秀な人材」)の登用が不可避となる。
ここに、パターンBの典型的な権力力学が発生する。指導者は、「忠誠心(Loyalty)」(初期の側近)と「有能性(Competence)」(新規の専門家)という二つの異なるリソースを両立させねばならない。
このジレンマの古典的な解決策が、「側近の上に(あるいは並べて)新たな役職を創設する」ことである。新規の優秀な人材にはCOO(最高執行責任者)やCFO(最高財務責任者)といった実務上の強力な権限を与える一方で、初期の側近はCEO直属の「上級顧問」や「チーフ・オブ・スタッフ」、あるいは「取締役」といった、実務ラインから切り離された政治的・監視的なポジションに配置する。これにより、有能性を活用しつつも、権力の中枢(=トップと側近の関係)は温存・維持される。
歴史的に、共産党における「書記長」の地位の起源は、当初はイデオロギーや軍事のトップではなく、党の人事や組織運営を司る「事務方」のトップであった。しかし、ヨシフ・スターリンがこの地位を利用して組織の隅々に自らに忠実な人材を配置(=人選)することで、他の政治的指導者を凌駕する実権を握った事例は、パターンBにおける組織拡大と権力掌握のプロセスを象徴的に示している。
ハイブリッド・パターンへの示唆
現実の組織政治において、これら二つのパターンが明確に分離していることは稀であり、むしろハイブリッド(Hybrid)な形態を取ることが多い。例えば、パターンAで幹部層まで昇進した者が、自部門をスピンアウトさせて新会社を創設する(パターンBへ移行する)ケースや、パターンBで外部から招聘されたCEOが、社内の抵抗勢力を抑えるために既存のヒエラルキー(パターンA)の政治力学を駆使する必要に迫られるケースなどである。
どちらの経路を辿るにせよ、権力の獲得とは、単なる実績の積み重ねではなく、スポンサーシップの獲得、正統性の構築、そして側近の管理といった、高度に政治的な戦略の実行プロセスに他ならない。
次回、第10回からは、これらの経路の中で具体的に行使される「権力取得の技(テクニック)」について、さらに詳細に分析していく。