第12回:パーソナル・ブランディングと「教義」の形成 — 指導者という規範

第10回では、権力を個人の資質から「制度(ルール)」へと移行させ、合法的支配による正統性を構築するプロセスを論じた。続く第11回では、その制度を体現する「顔」として、権力者がいかに「権威」を象徴的に演じるか(シンボリック・マネジメント)を分析した。

しかし、権力維持の戦略は、制度の構築と役割の演技に留まらない。最も強固な権力とは、権力者「個人」の思想、言動、そして人格そのものが、組織の「制度」や「文化」と分かち難く融合した状態において達成される。

本稿では、権力維持の最終形態として、権力者の「パーソナル・ブランディング」がいかにして組織の「教義(Doctrine)」へと昇華され、個人の影響力が組織規範そのものへと転化していく力学を解明する。

「バイブル」になることの戦略的価値

権力者が目指すべき規範的地位とは、組織の構成員が、自らの行動や意思決定の「正しさ」を判断する際の「参照点」となることである。これは、俗に「自分がバイブル(教義)になる」と表現される状態に他ならない。

この状態は、以下のような組織内言語の出現によって観測される。

  • 「○○さん(権力者)が言っているように、……」
  • 「このやり方は、○○さんがやってくれたように、……」

これらの言説は、権力者の過去の「言葉」が単なる意見ではなく、組織の公式な「方針」や「論理」として引用されていることを示す。また、権力者の過去の「行動」が、単なる個人的な実践ではなく、組織が従うべき「前例」や「模範」として機能していることを意味する。

この段階に至ると、権力者はもはや、第10回で論じた「制度(ルール)」を運用する管理者ではなく、その制度の「解釈者」であり「体現者」そのものとなる。権力者の「個」が、組織の「規範」と同一視されるのである。

ナラティブ(物語)の構築と成功の帰属

この「教義化」は、自然発生的に起こるものではなく、高度な「ナラティブ(物語)の構築」戦略によって能動的にもたらされる。

その核心的な技法が、「すべての成功を自分の手柄として結び付ける」ことである。これは、部下の手柄を横取りするという狭隘な意味ではない。より戦略的な次元において、これは「組織のあらゆる成功が、自らが提示したビジョン、哲学、あるいは決断の『正しさ』を証明する『証拠』である」というナラティブを一貫して構築・発信する行為である。

例えば、あるプロジェクトが成功した場合、権力者はその成功を「彼らが私の信条である『徹底した顧客志向』を実践したからだ」と公に解釈(Attribution)する。これにより、成功の栄誉は現場チームに与えつつも、その成功の「根本原因」は権力者の「教義」に帰属させられる。

このプロセスが繰り返されることで、組織内には「権力者の教義に従うこと=成功」という強力な認知(刷り込み)が形成され、その教義(=権力者自身)への準拠が強化されていく。

理念の戦略的表明:権力獲得の「前後」

この教義化プロセスにおいて、権力者が自らの「理念」や「信念」を表明する「タイミング」は、決定的に重要である。

  • 権力を得る「前」の理念: 権力基盤を持たない者が高邁な理念や信念を声高に語ることは、多くの場合、戦略的リスクを伴う。それは「現実を知らない理想家(お人よし)」というレッテルを貼られ、他者に利用されるか、あるいは既存の権力構造に対する「脅威」として認識され、排除の対象となる可能性が高い(第3回参照)。
  • 権力を得た「後」の理念: 対照的に、権力を掌握した者が(例えば就任演説などで)高らかに理念や信念を表明する行為は、全く異なる政治的機能を持つ。それはもはや個人の感想ではなく、組織全体が従うべき「公式イデオロギー」の宣言である。

この「理念の後出し」こそが、権力者が自らの権力行使を、個人的な野心や利害(例:出世欲)から切り離し、「より高次の目的(大義名分)に奉仕するための手段である」と正当化(Legitimacy)する、最も強力な儀式となる。

規範の自己増殖

第10回(制度化)、第11回(象徴化)、そして本稿(教義化)を通じて、権力は「個人」の属性から「組織」の属性へと移行する。権力維持とは、権力者自身のパーソナル・ブランド(理念、言動)を組織の公式な「教義」として確立し、その教義が自動的に再生産される(=部下が「○○さんのように」と模倣し始める)システムを構築するプロセスに他ならない。

権力者は、自らに有利な評価基準(第7回・第10回参照)を制度に組み込むことで、この「教義」に従う者が物理的に報われる(昇進する)ように設計し、規範の自己増殖を完成させる。

次回(※連載計画における最終リスク管理パート)は、これまでに構築した権力がいかに脆く、いかなるリスクに晒されているかを直視する。「権力のリスクマネジメント」として、不遇の時期の耐え方、悪評の利用、そして「敵に塩を送る」といった逆境における高度な戦略的技術を論じる。

でるたま~く

グローバル戦略の支援企業でCEOを務めています。英国で高校教師を務めた後、ドイツで物理学の研究を続けました。帰国後はR&D支援のマネージャー、IT企業の開発PMを経て現在に至ります。趣味はピアノとギター演奏。

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