第04回:権力はいかにして生まれるか

前稿(第03回)では、ビジョナリーが権力を獲得するのを阻害する心理的・規範的・構造的障壁を分析した。では、これらの障壁を認識した上で、権力はそもそも、いかなるメカニズムによって発生するのであろうか。権力は個人の生来的な資質やカリスマ性にのみ帰属するものではなく、組織構造と人間関係の中に埋め込まれた、特定可能な「源泉」から派生する。

本稿では、権力の源泉に関する古典的な類型論から始め、さらに現代の組織論におけるより強力な説明モデル、すなわち「資源依存理論」へと議論を進め、権力の中核が何であるかを論証する。

権力の古典的類型:5つの源泉

社会心理学者であるジョン・フレンチ(John French)とバートラム・レイヴン(Bertram Raven)が1959年に提示した権力の源泉に関する類型は、この分野における古典的かつ基礎的なフレームワークである。彼らは、他者の行動に影響を与える力の源泉を以下の5つに分類した。

  1. 正当性権力(Legitimate Power)
    組織の公式なヒエラルキー(階層)における地位や役職によって付与される権力。「部長」「課長」といった役割が持つ、特定の範囲内で他者に指示を出し、服従を期待する権利。
  2. 報酬権力(Reward Power)
    他者にとって価値のある報酬(昇給、昇進、望ましい業務の割り当て、賞賛など)を与える能力に基づく権力。
  3. 強制権力(Coercive Power)
    他者にとって不利益となる罰(降格、減給、望ましくない業務、懲罰など)を与える能力に基づく権力。報酬権力の裏面にあたる。
  4. 専門性権力(Expert Power)
    他者が価値を認める特定の知識、スキル、専門技術を保有していることに由来する権力。組織内で「あの人でなければ解決できない」と認識されている状態。
  5. 準拠権力(Referent Power)
    他者からの好意、尊敬、あるいは「あの人のようになりたい」という同一化の願望(カリスマ)に由来する権力。

この5類型は、組織内で権力がどのような「顔」で現れるかを理解する上で有用である。特に、正当性・報酬・強制の3つが主に「地位」に依存するのに対し、専門性と準拠の2つはより「個人」の資質に依存する傾向があることを示している。

古典的モデルの限界と「資源」への着目

フレンチとレイヴンのモデルは権力の多面性を明らかにしたが、現代の複雑な組織における権力力学、特に「なぜ公式な地位(正当性権力)を持たない個人が、時として上級管理者よりも大きな影響力を行使できるのか」を十分に説明しきれない側面がある。

この問いに答えるため、視点を「個人の属性」から「組織内の資源の流れ」へと移す必要がある。ここで重要となるのが、ジェフリー・フェファー(Jeffrey Pfeffer)とジェラルド・サランシク(Gerald Salancik)が1978年に体系化した「資源依存理論(Resource Dependency Theory)」である。

資源依存理論:権力の本質は「依存のコントロール」

資源依存理論の核心的な命題は、「組織(あるいは個人)の権力は、他者が依存せざるを得ない重要なリソースを、どれだけコントロール(制御)しているかによって決まる」というものである。

ここでいう「リソース」とは、有形のもの(予算、人員、設備、物的資源)に限定されない。むしろ、現代の知識集約型組織においては、無形のリソースが決定的な権力源泉となる。

  • 情報(Information):
    組織内外の重要な情報(例:顧客動向、競合他社の戦略、トップマネジメントの意向)へのアクセスと、その配布を制御する能力。
  • 人脈(Access / Network):
    組織内外のキーパーソン(例:上級幹部、重要な顧客、外部の専門家)へのアクセスを仲介・制御する能力。
  • 知識・専門性(Knowledge / Expertise):
    組織の存続や目標達成に不可欠な、代替困難な専門知識。
  • 政治的支持(Political Support):
    重要な意思決定の際に、他者からの賛同や協力を取り付ける能力。

権力は、他者がこれらの重要なリソースを必要とし、かつ、そのリソースの供給を自らがコントロールしている(=他者が自らに「依存」している)という非対称的な関係性から生まれる。

権力獲得の核心的戦略

フレンチとレイヴンの類型が権力の「現れ方」を示すものだとすれば、資源依存理論は権力が「生成される構造」を暴き出している。

すなわち、権力の真の中核とは、組織内で他者が依存する重要なリソース(情報、予算、人脈、専門性)の流れを特定し、その結節点(ハブ)に自らを位置づけ、そのコントロールを握ることである。単に専門性を磨くだけ(Expert Power)では不十分であり、その専門性が組織にとって「代替不可能」かつ「依存せざるを得ない」リソースとして機能して初めて、それは強固な権力へと転換される。

ビジョンを持つ者が権力を獲得しようとするならば、自らの組織において最も価値があり、代替が困難なリソースは何かを冷静に分析し、そのリソースへのアクセスと制御を戦略的に追求することが不可欠となる。

次回、第05回では、この「リソースのコントロール」を組織の「ネットワーク構造」という観点からさらに深掘りし、権力が個人の属性ではなく「位置」にいかに依存するかを論じる。

でるたま~く

グローバル戦略の支援企業でCEOを務めています。英国で高校教師を務めた後、ドイツで物理学の研究を続けました。帰国後はR&D支援のマネージャー、IT企業の開発PMを経て現在に至ります。趣味はピアノとギター演奏。

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