第10回:権力の制度化と正統性の構築

これまでの連載、特に第3部(第07〜09回)では、個人がいかにして組織内で影響力を獲得するかという「権力獲得の戦略」を分析してきた。しかし、組織政治の力学において、権力の獲得は最終目標ではない。むしろそれは、より困難な課題、すなわち「権力の維持」の始まりを意味する。

獲得された権力は、その源泉が個人の資質、政治的手腕、あるいは特定の状況的優位性といった「属人的」なものである限り、本質的に不安定である。権力者が疲弊し、判断を誤り、あるいは組織を去れば、その権力は即座に霧散する。

したがって、権力維持の本質とは、その属人的な影響力を、客観的かつ永続的な「システム」へと移行・固定化させるプロセス、すなわち「制度化」にある。本稿では、この制度化のプロセスと、その不可欠な基盤となる「正統性」の構築について論じる。

正統性の不可欠性

なぜ権力は制度化されねばならないのか。それは、剥き出しの力(権力)が常に抵抗と反発を生むのに対し、「正統性」がその権力行使のコストを劇的に低減させるからである。正統性とは、「その支配(権力行使)が妥当であり、従うべきものである」と、被支配者(組織構成員)によって内面的に承認されている状態を指す。

社会学者マックス・ヴェーバー(Max Weber)は、この正統性の源泉を「支配の三類型」として分類した。

  1. 伝統的支配:伝統や慣習によって権威が認められている状態(例:世襲)。
  2. カリスマ的支配:指導者個人の非凡な資質や魅力への熱狂的な信奉に基づく状態。
  3. 合法的支配:制定された「規則(ルール)」や「法」の合理性・正当性によって権威が認められている状態。

現代の組織において、伝統的支配は稀であり、カリスマ的支配は極めて属人的で不安定である(カリスマの喪失と共に権力も失われる)。したがって、ビジョナリーが目指すべき持続可能な権力の形態は、この「合法的支配」の構築、すなわち自らの権力を客観的な「制度」へと転換することに他ならない。

権力「制度化」の戦略的プロセス

権力を個人の資質から切り離し、システムそのものに移行させる「制度化」は、以下の戦略的行動群によって達成される。

ビジョンの「ルール」化

権力者が持つビジョンや判断基準を、個人の「好み」や「意向」のレベルに留めてはならない。それを組織の公式な「規則」「評価基準」「業務プロセス」として明文化し、埋め込む必要がある。

これは第07回で論じた「アジェンダ設定」の恒久化である。一度ルールとして制度化されれば、権力者が不在の場ですら、組織は権力者の意図(ビジョン)に沿った意思決定を自動的に再生産し始める。権力は「個人」から「ルール」へと移行する。

インセンティブ・システム(報酬設計)の構築

正統性は、理念だけでは維持できない。それは「利害」によって裏打ちされる必要がある。権力者は、「自らの権力を支持し、制度化されたビジョンに貢献する行動が、公式に報われる」ようなインセンティブ・システム(報酬、昇進、認知)を設計・運用しなければならない。

重要なのは、この報酬分配が権力者の「個人的な裁量(お気に入り人事)」としてではなく、「公正な制度運用(システム)の結果」として認識されることである。これにより、構成員の野心(第06回参照)は、権力者個人への迎合ではなく、制度化されたビジョンへの貢献へと誘導される。

「代替可能性」によるシステムの防衛

制度化された権力は、個人への過度な依存を排する。これには権力者自身も含まれるが、それ以上に重要なのが、権力を支える幹部層や管理層(側近)に対するメカニズムである。

常に(ポストの)換えがある」という健全な緊張感をシステムとして醸成することは、特定の個人が「不可欠な存在」として権力構造を内部から脅かすことを防ぐ、制度の自己防衛機能である。構成員の忠誠は、特定の「個人」ではなく、継続的な報酬と安定性を提供する「システム(制度)」そのものに向けられるべきなのである。

個人的権力(Power)から制度的権威(Authority)へ

権力の獲得が、個人の能力と戦略的行動(Power)の結実であるならば、権力の維持とは、その個人的な力を、客観的で永続的な「権威(Authority)」へと昇華させるプロセスである。

ビジョナリーにとっての真の成功とは、自らがその組織を去った後も、自らのビジョンが「制度」として自己運動を続け、組織が発展し続ける状態を創り出すことにある。権力の制度化と正統性の構築は、そのための最も重要かつ困難な工学なのである。

第11回では、こうした「制度」としての権力を、さらに強固なものにするための「象徴的」側面、すなわち「シンボリック・マネジメントと印象操作」について論じる。権力がいかに「演じられる」べきかを分析する。

でるたま~く

グローバル戦略の支援企業でCEOを務めています。英国で高校教師を務めた後、ドイツで物理学の研究を続けました。帰国後はR&D支援のマネージャー、IT企業の開発PMを経て現在に至ります。趣味はピアノとギター演奏。

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