第02回:不平等な世界で主導権を握る意味

良い仕事を実現するためのツール

仕事に真面目な人の多くは、「社内政治」や「根回し」といった活動を避け、ただひたすらに「良い仕事」をすることに集中したいと願う。質の高い成果物こそが、自らの価値を証明する最良の手段であると信じているからだ。その信念は崇高であり、プロフェッショナリズムの根幹をなすものであろう。

しかし、組織という現実を見渡したとき、その信念だけでは立ち行かない場面に数多く遭遇する。同等、あるいはそれ以下の成果しか出していない人物が、より多くの予算を獲得し、重要なポストに就き、自らのプロジェクトを推進していく。その一方で、優れた仕事をしたにもかかわらず、その貢献が正当に評価されず、リソースを削られ、キャリアが行き詰まる。

この矛盾は、組織が「成果創出の場」であると同時に、「限られたリソースが配分される場」であるという二重性から生じる。予算、人員、役職、時間… これら全ての希少なリソースは、常に組織のメンバー全員に行き渡るわけではない。その配分のプロセスにおいて、個人の持つ「権力」が決定的な役割を果たすのである。

したがって、権力の獲得を「本来の仕事ではない、不純な活動」と見なすことは、自らの可能性を著しく制限していると言わざるを得ない。権力とは、自らが成し遂げたいと願う「良い仕事」を実現し、その価値を組織に認めさせ、必要なリソースを確保するための、極めて重要なツールなのだ。

自律性による心理的・生理的効果

人間には、自らの環境をコントロールしたいという根源的な欲求が存在する。心理学における自己決定理論1が示すように、自らの行動を自律的に選択できるという感覚は、内発的なモチベーションや精神的な幸福感(ウェルビーイング)の重要な源となる。

組織における権力は、この自律性やコントロール感と密接に結びついている。

権力を持つということは、他者からの指示や外部環境の変化に一方的に従うのではなく、自らの意思を組織の意思決定に反映させ、仕事の進め方やキャリアの方向性を、より主体的に決定できることを意味する。それは、理不尽な要求を拒否し、非効率なプロセスを改善し、自らが信じるプロジェクトに没頭する自由をもたらす。

このコントロール感の有無は、単なる主観的な満足度の問題にとどまらない。有名な「ホワイトホール研究2」をはじめとする多くの疫学研究が、組織内の階層が低い(=コントロール感が低い)者ほど、ストレスレベルが高く、心疾患などの罹患率が上昇することを示唆している。

権力を獲得し、自らの仕事に対する主導権を握ることは、単なるキャリア上の野心を満たす行為ではない。それは、過度なストレスから自らの心身を守り、知的生産性を高く維持し、長期にわたって持続的に価値を創出し続けるための、自己防衛的な意味合いをも持つ、極めて合理的な活動だといえる。

権力がもたらす具体的な成果

権力という無形の資本は、具体的にどのような成果をもたらすのか。イメージを膨らませるヒントとして、主要なものを3つ挙げておこう。

リソースの獲得

前述の通り、組織内のリソースは有限であり、常に奪い合いの状態にある。優れたアイデアがあったとしても、それを実行するための予算、人員、設備がなければ画餅に終わる。権力のある人物は、自らのプロジェクトの重要性を説得力をもって伝え、意思決定者を動かし、必要なリソースを優先的に引き出すことが可能になる。

キャリアの進展

昇進や重要な役割への抜擢は、個人の業績評価のみで決まるわけではない。誰がその人物を支持しているか、組織内でどのような評判を確立しているか、そして将来のリーダーとしてどれだけ期待されているか、といった「政治的資本」が大きく影響する。権力は、自らの貢献を効果的にアピールし、キーパーソンからの支持を取り付け、キャリアの機会を創出するための手段として機能する。

ビジョンの実現

組織や社会をより良い方向へ変革したいという高い志を持つ者にとって、権力は不可欠な道具だといえる。現状維持を望む抵抗勢力を説得し、多様なステークホルダーの利害を調整し、変革へのエネルギーを結集させるプロセスは、権力の行使そのものである。個人の力だけでは動かせない大きな岩も、権力という「てこ」を用いることで、動かすことが可能になる。

受動的な存在から能動的な主体へ

権力を追求することは、他者を蹴落とし、私利私欲を満たすための活動ではない。それは不確実で、ときに理不尽な組織環境の中で、自らの「正しさ」や「理想」が、単なる空論で終わることを拒否する、能動的な意思の表明である。

権力を持つことで初めて、人は組織のルールや決定事項の単なる受容者から、その形成に積極的に関与する主体へと変わることができる。それは、自らの専門性を最大限に活かし、チームを守り、信じるビジョンを現実のものとするための、最も確かな道筋なのだ。

綺麗事だけでは済まされない現実の中で、それでもなお理想を追求しようとする者にとって、権力の原理を学ぶことは、避けては通れない必須の課題といえよう。

  1. 人間の動機づけに関する理論。この理論では、人が「自律性(自分で決めること)」「有能感(成長を実感すること)」「関係性(人とのつながり)」という3つの基本的な心理的欲求を満たされると、内発的な動機づけが高まり、より持続的なモチベーションや高いパフォーマンスを発揮するようになると説明される。
  2. 1967年から開始された、イギリスの公務員約28,000人を対象に、職位の階層と健康状態の関係を長期間追跡した研究のこと。
でるたま~く

グローバル戦略の支援企業でCEOを務めています。英国で高校教師を務めた後、ドイツで物理学の研究を続けました。帰国後はR&D支援のマネージャー、IT企業の開発PMを経て現在に至ります。趣味はピアノとギター演奏。

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