第01回:なぜ「権力」を学ぶべきなのか

権力(Power)という言葉は、しばしば否定的な含意(コノテーション)を伴って語られる。権力闘争、職権濫用、腐敗、あるいはマキャヴェリズム的な陰謀といったイメージである。多くの組織において、権力は公然と語るにはあまりにも生々しく、タブー視されがちな主題である。

しかし、組織や社会において、いかに崇高なビジョンや革新的な構想を抱いていたとしても、それを実現するプロセスにおいて、我々は必ず「権力」という現実に直面する。人、組織、社会を動かし、リソースを配分し、意思決定を導く能力、すなわち権力がなければ、いかなる理想も「絵に描いた餅」に終わる。

本連載の目的は、この権力のメカニズムを現実的かつ戦略的な視点から解剖し、その構造を理解し、活用するための知的基盤を提供することにある。

本連載の目的と対象

本連載の目的は2つある。1つはビジョンの具現化である。優れた構想を持つ個人や集団が、組織内外の抵抗や無関心を乗り越え、他者を動員し、自らの理想を現実のものとするための戦略的リテラシーを涵養する。

2つめは自己防衛である。権力そのものを目的化する者、すなわち組織政治の力学を利己的に利用しようとする存在から、自身や組織、そして自らのビジョンを防衛するための「知的武装」を施すことである。皮肉なことに、権力を忌避する者ほど、権力のメカニズムに無自覚であるがゆえに、その力学に翻弄されやすい。

したがって、本講座の対象は、自らのビジョン実現のために人や組織を動かす必要性に迫られているリーダー、管理者、起業家、あるいは変革を目指すすべての実践者である。また、組織内の力学に違和感や限界を感じつつも、その構造を客観的に把握できずにもどかしさを抱えている知的な探究者でもある。

権力の再定義:中立的なエネルギー源

本連載において、権力を道徳的な善悪の対象としてではなく、まずもって中立的・記述的な分析対象として扱う。経営学や社会学において、権力は一般的に次のように定義される。

他者(個人、集団)の行動、意思決定、あるいは結果に対して、抵抗がある場合においてさえも、影響を与えることのできる潜在的な能力

(R. Dahl, J. Pfeffer らに通じる定義)

この定義が含意するのは、権力とは「所有物」ではなく「関係性」の中に存在し、また「行使されて初めて認識される能力」であるということだ。それはビジョンを実現するために必要なリソース(ヒト、モノ、カネ、情報)を動員するための「エネルギー源」あるいは「道具(ツール)」に他ならない。道具である以上、それ自体に善悪はなく、その価値は使用者の目的と使用方法によって規定される。

パワー・リテラシーの必要性

多くの組織人は、「公正世界仮説(Just-World Hypothesis)」—すなわち、世界は公正であり、正しい行いや優れた実績は自動的に報われるはずだ—という無意識のバイアスに囚われがちである。この信念は、日々の業務遂行における精神的安定には寄与するかもしれないが、組織政治の現実を直視することを妨げる。

現実には、実績と昇進が必ずしも相関しないケースや、論理的な正しさが意思決定を左右しない場面は頻繁に確認される。スタンフォード大学のジェフリー・フェファー(Jeffrey Pfeffer)らが実証的に示すように、組織における成功は、業務遂行能力と同様に、あるいはそれ以上に「パワー・リテラシー」、すなわち権力の力学を理解し、それに基づき戦略的に行動する能力に依存する。

ビジョンを持つ者がこのリテラシーを持たなければ、どうなるか。権力のメカニズムを暗黙知として熟知し、それを自己目的のために行使する者に、組織のリソースや意思決定の主導権を明け渡すことになる。したがって、権力を目的としない者こそが、権力について深く学ばなければならないのである。

本連載における学習姿勢

本連載は、単なる権謀術数の手引書ではない。あくまで経営学、社会学、社会心理学などの学術的知見に基づき、権力が生成、維持、行使されるプロセスを客観的に分析する。

読者に求められるのは、提示される情報を無批判に鵜呑みにすることではない。自らが所属する組織やコミュニティを冷静に観察・分析し、そこで働く権力の力学を特定し、自らの目的に照らしてどのような戦略が適用可能かを主体的に思考し、そして実践することである。知識は、実践を通じて初めて生きた知恵となる。

次回、権力に対する我々のアンビバレントな感情の源泉を探り、「悪としての権力」から「中立的なエネルギー源としての権力」へと視座を転換(パラダイムシフト)する必要性について論じる。

でるたま~く

グローバル戦略の支援企業でCEOを務めています。英国で高校教師を務めた後、ドイツで物理学の研究を続けました。帰国後はR&D支援のマネージャー、IT企業の開発PMを経て現在に至ります。趣味はピアノとギター演奏。

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