第04回:「プレキシ」と呼ばれた銘機:Marshallアンプとハードロックの音圧革命

大音量化への要求と「壁」の出現

1960年代中盤、ロックミュージックの表現形態は、ブルースロックから、よりラウドでアグレッシブなものへと急速に進化していた。コンサートの開催規模は拡大し、ドラムセットの音量も増大する中で、ギタリストは自らの音が埋もれないよう、アンプに対して更なる音量を要求した。

前章で述べたJTM45(50W)は、その音楽的トーンで高い評価を得たが、大規模なステージでは音量不足が指摘され始めていた。この要求に応え、ジム・マーシャルは、ピート・タウンゼント(The Who)らのフィードバックを受け、100ワットの出力を誇るアンプヘッドと、12インチスピーカーを4基搭載した「4×12キャビネット」を開発する。

これらを積み上げた姿は、その威圧的な外観と圧倒的な音圧から「マーシャルの壁(Marshall Stack)」と呼ばれ、単なる音響機器としてだけでなく、ロック・パフォーマンスにおける視覚的象徴としての地位をも確立したのである。

Plexi(プレキシ)の定義

Plexi(プレキシ)とは、特定のモデル名を指す公式な呼称ではない。1960年代中期から1969年半ばまで、Marshallアンプのコントロール・パネルに使用されていた素材、すなわちプレキシグラス(Plexiglas:アクリル樹脂)に由来する愛称である。

この時期に製造されたモデル、特に100W出力の「Super Lead (Model 1959)」および50W出力の「Lead (Model 1987)」が、いわゆる「プレキシ・マーシャル」として神格化されている。この期間は、Marshallの回路設計が円熟期に達し、ハードロックの黄金期と完全に重なる。1969年後半からは、パネル素材が耐久性の高いブラッシュド・アルミニウム(金属パネル)に変更されるため、サウンドの傾向は近似しつつも、厳密な意味での「プレキシ期」は終了する。

Marshall 1959 Super Lead (100W)

「プレキシ」の象徴として最も多く言及されるのが、100WヘッドのModel 1959である。

  • 音響的特徴:
    JTM45のKT66パワー管に代わり、より高出力でアグレッシブな中高音域特性を持つEL34パワー管を4本採用している点が最大の音響的特徴である。また、このアンプは現代的な「マスターボリューム」を搭載していない。そのため、アンプの歪み(ディストーション)は、プリアンプ部ではなく、この100Wのパワーアンプ部を最大音量付近動作させ、飽和(サチュレーション)させることによってのみ得られる。その結果生じるサウンドは、単に「歪んだ音」ではなく、聴覚を物理的に圧迫するほどの「圧倒的な音圧(Sound Pressure)」を伴うものであった。この状態のアンプは、ギター本体のボリュームノブ操作や、奏者のピッキングの強弱(ダイナミクス)に対し、クリーンからクランチ、そして激しいドライブサウンドまでが極めてリニアに追従する。この官能的とも言えるレスポンスこそが、プレキシ・サウンドの本質である。
  • 適合ジャンル:ハードロック、クラシックロック、ブルースロック
  • 使用アーティスト:ジミ・ヘンドリックス(Jimi Hendrix)、ジミー・ペイジ(Led Zeppelin)、アンガス・ヤング(AC/DC)、エディ・ヴァン・ヘイレン(Eddie Van Halen、初期にモディファイして使用)など、枚挙にいとまがない。

100W (1959) vs 50W (1987) の音響的差異

50Wモデル(1987)もまた、基本的な回路設計と思想を100Wモデルと共有する「プレキシ」である。EL34管を2本使用し、出力トランスも50W用に変更されている。

音響的には、単純に音量が半分になるのではない。パワーアンプが飽和し始める音量レベルが100Wモデルよりも低いため、より小音量(とはいえ依然として大音量ではある)でドライブサウンドを得ることが可能である。100Wモデルが持つ強靭なヘッドルーム(歪み始めるまでの余裕)とタイトな低音域に対し、50Wモデルはより早期にパワー管がコンプレッション(圧縮)し始め、サチュレーション感が強いサウンド傾向を持つ。

デジタルモデリング環境への応用

プレキシ・モデルをアンプシミュレーターで扱う場合、実機の特性を理解することが不可欠である。

  • アッテネーター(Attenuator)の概念:
    前述の通り、実機のプレキシはその音響的本領を発揮する状態では非現実的な大音量となる。これを解決するために、実機の世界ではパワーアンプとスピーカーの間に「アッテネーター」と呼ばれる電力減衰器を接続し、アンプをフルドライブさせながら最終的な音量のみを抑制する手法が用いられる。 アンプシミュレーターにおける「プレキシ・モデル」に搭載されている「Master」や「Level」ノブは、プリアンプ・ゲインとしてではなく、この仮想的なパワー・アッテネーターとして機能していると解釈するのが妥当である。
  • チャンネル・ジャンピング(Channel Jumping):
    プレキシ・アンプは、特性の異なる2つのチャンネル(Ch I:ブライト、Ch II:ノーマル)を持ち、それぞれにHigh/Lowの4つの入力端子を持つ。
    この端子間をパッチケーブルで接続(例:Ch I の Low端子から Ch II の High端子へ)し、両チャンネルを同時に鳴らす「チャンネル・ジャンピング(またはチャンネル・リンク)」は、定番のテクニックである。これにより、Ch I の高音域の明瞭さと Ch II の豊かな低音域をブレンドすることが可能となり、単一チャンネルよりもリッチで複雑なトーンを構築できる。多くのシミュレーターはこの接続を内部的に再現している。

まとめ

Marshall “Plexi” 1959は、ハードロックというジャンルのサウンドスケープを決定づけた、歴史的なアンプリファイアである。その圧倒的な音圧と、奏者の指先に追従するダイナミックなレスポンスは、後世のアンプ設計に多大な影響を与え続けた。

しかし、この時代、ロックの大音量化という課題に挑んだのはMarshallだけではなかった。次章では、Marshallとは異なる設計思想で「ブリティッシュ・サウンド」を追求した、HIWATTやORANGEといった英国の個性的なアンプ群について考察する。

でるたま~く

グローバル戦略の支援企業でCEOを務めています。英国で高校教師を務めた後、ドイツで物理学の研究を続けました。帰国後はR&D支援のマネージャー、IT企業の開発PMを経て現在に至ります。趣味はピアノとギター演奏。

関連記事