第01回:なぜ正しさだけで世界は変えられないのか?

優れたアイデアが無視される現実

優れたアイデア、揺るぎない信念、そして誰にも負けない情熱。これらは何かを成し遂げようとする者にとって不可欠な要素である。しかし、それらが揃っていたとしても、プロジェクトが頓挫し、提案が却下され、志が潰えることは決して珍しくない。それ一体なぜなのか。

多くのビジネスパーソンやリーダーは、上手くいかないことの原因を、アイデアの質やロジックの甘さ、あるいは自らの努力不足に求めるかもしれない。もちろん、それらが要因である場合もある。

しかし、より本質的な問題は、しばしば別の次元に存在する。それは、アイデアや正論が持つ正しさそのものには、他者を動かし、組織を変え、現実を覆すほどの力が内在しているわけではない、という厳然たる事実にある。

世界は、必ずしも最も優れた意見が採用されるようにはできていない。むしろ、組織や社会は、そこに存在する様々な利害関係、人間関係、そしてパワーの力学によって動いている。この現実から目を背け、自らの「正しさ」だけを信じて突き進むことは、無防備なまま戦場に赴くことに等しい。

権力という言葉への誤解

本連載のテーマは、「権力」とその獲得・運用に関する法則である。「権力(パワー)」という言葉を聞いて、ある種の不快感や警戒心を抱く向きは少なくないだろう。それは、権力がしばしば、強制、支配、不正といったネガティブなイメージと結びつけられてきたからに他ならない。

しかし、その認識は、権力という現象の一側面を捉えているに過ぎない。

スタンフォード大学ビジネススクールのジェフリー・フェファー教授が提唱するように、権力とは本質的に「物事を成し遂げる能力(the ability to get things done)」といえる。それは、目標を達成し、望ましい結果を生み出すためのエネルギーであり、それ自体に善悪の色はない。

あたかも、包丁が、料理にも凶器にもなり得るのと同じように、権力もまた、その使い手と目的によって、建設的にも破壊的にもなり得るツールなのだ。

この連載の目的は、読者を権力闘争の達人にすることではない。そうではなく、自らが信じるビジョンを実現し、理不尽な状況から自らと仲間を守り、より良い未来を創造するために不可欠なツールを、いかにして手に入れ、賢く、そして効果的に使うことができるかを解き明かすことにある。

これから解き明かす「権力の原理」

権力を手に入れ、行使する能力は、一部の特権的な人間にのみ与えられた天賦の才ではない。それは、明確な原理原則に基づいており、学習と実践によって誰でも後天的に習得可能な一連のスキルなのだ。

本連載はその実践的なガイドとして、次の構成に従って書かれている。

まず、なぜ権力が必要不可欠なのかを再定義し、それが個人の成功と幸福に与える本質的な意味を理解することから始める(第2回)。

次に、権力の源となる「資産」の築き方を学ぶ。知識や情報、人脈といった無形の資産を、いかにして具体的な権力へと転換していくのか。そのための戦略を解き明かす(第3回)。

さらに、その権力を盤石なものにするための「支持基盤」の構築方法と、目的達成のために人々を巻き込む連合(コアリション)形成の技術について論じる(第4回)。

そして、パワーを持つにふさわしい人物であると周囲に認識させるための、戦略的な「自己演出」について解説する。これは虚偽の自分を演じることではなく、自らの価値を最大化して伝えるための技術である(第5回)。

権力を手にした後は、その「運用術」が問われる。相手の抵抗を最小化し、自発的な協力を引き出すための、洗練された戦術を学ぶ(第6回)。

最後に、権力を持つ者が陥りやすい心理的な「罠」と、それを回避して長期的に影響力を維持するための保守・管理の方法を探求する(第7回)。

旅の始まりに

自らの持つアイデアやビジョンに確信があるにもかかわらず、その実現の道筋が見えずにいるのであれば、その原因は、必ずしも情熱や能力の欠如にあるとはいえない。単に、理想を現実に変えるための力学を知らないだけかもしれないのだ。

この連載は、その力学「権力の原理」についての解説である。それは、自身の可能性を解き放ち、これまで不可能だと思っていた扉を開けるための鍵となる。

でるたま~く

グローバル戦略の支援企業でCEOを務めています。英国で高校教師を務めた後、ドイツで物理学の研究を続けました。帰国後はR&D支援のマネージャー、IT企業の開発PMを経て現在に至ります。趣味はピアノとギター演奏。

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