メタルの深化と欧州の台頭
1990年代に入り、ヘヴィミュージックはさらなる細分化と過激化の時代を迎えた。デスメタル、ブラックメタル、インダストリアル、ニューメタルといったサブジャンルが次々と生まれ、それらはギターサウンドに対し、かつてないレベルの「重さ(Heaviness)」と、リフの「分離の良さ(Clarity / Articulation)」という、しばしば相反する二つの要素の両立を要求した。
前章で述べたMesa Boogie Dual Rectifierは、この「重さ」の一つの明確な基準を提示した。しかし、このアメリカン・ハイゲインの潮流に対し、ヨーロッパ、とりわけドイツのエンジニアたちは、異なる音響哲学と緻密な工学的アプローチをもって、独自の「モダン・ハイゲイン」の定義を提示し始めた。本稿では、米英のアンプ設計思想とは一線を画す、欧州発の代表的なハイゲイン・アンプリファイアについて考察する。
Diezel VH4 / Herbert(ドイツ)
ピーター・ディーゼルによって設計されたDiezelアンプは、90年代中盤に登場し、既存のハイゲイン・サウンドに満足できないトップ・アーティストたちによって瞬く間に受容された。
- 技術的特徴:
VH4は、独立した4チャンネル(Clean, Crunch, Mega, Lead)を搭載するという、当時としては画期的な多機能性を実現した。各チャンネルが独立したEQとゲインを持つため、一台で多彩な音色を完結させることが可能であった。 - 音響的特徴:
Diezelサウンドの神髄は、その圧倒的な「密度」と「硬質さ」にある。特にチャンネル3(Mega)は、Rectifierが持つアメリカ的な荒々しさとは異なる、鋼鉄(Steel)や重戦車(Panzer)に喩えられる、極めて高密度でフォーカスされたディストーションを生み出す。音像が潰れることのない強靭な低音域(Low-end)と、シルキーでありながら攻撃的な高音域を両立させている。Herbertモデルは、VH4の思想を継承しつつ、さらに強烈な低音域とゲインを追求したモデルである。 - 適合ジャンル:
モダンメタル、インダストリアル・ロック、ヘヴィロック - 使用アーティスト:
アダム・ジョーンズ(Tool)やジェイムズ・ヘットフィールド(Metallica)、コーン(Korn)といったシーンを代表するギタリストが、その唯一無二の音圧を求めて採用した。
Bogner Uberschall / Ecstasy(ドイツ→米国)
ドイツ出身のエンジニア、ラインホルト・ボグナーは、Soldanoと同様にキャリア初期においてMarshallアンプのモディファイで高い評価を得た後、自身のブランドを設立した。その設計思想は、ドイツの工学的な精密さと、彼が拠点を置いたロサンゼルスのロックシーンの要求が融合したものである。
- 音響的特徴:
- Ecstasy:
Bognerのフラッグシップ機。多彩なミニスイッチ(ブースト、EQシェイプ、サチュレーション特性の変更など)を駆使することで、ヴィンテージ・プレキシのクランチから、Soldanoを彷彿とさせるリードトーン、そしてモダンなハイゲインまで、一台で驚異的な音色の幅(Versatility)をカバーする。 - Uberschall:
ドイツ語で「超音速(の衝撃波)」を意味する名を冠し、「地獄のソニックブーム」とも称されるモデル。Mesa Boogie Rectifierの重低音にインスパイアされつつ、それを遥かに凌駕するほどの暗黒的(Dark)かつ強烈な低音域に特化している。
- Ecstasy:
- 適合ジャンル:
ヘヴィロック、HR/HM (Uberschall)、セッションワーク、HR/HM全般 (Ecstasy) - 使用アーティスト:
ジェリー・カントレル(Alice in Chains)がUberschallの代表的なユーザーである一方、Ecstasyはその万能性からスティーヴ・ヴァイ(Steve Vai)やスティーヴ・ルカサー(Steve Lukather)といったスタジオ・ミュージシャンからも支持されている。
Engl Invader / Powerball(ドイツ)
Englは、他のドイツ製アンプと同様に、緻密なエンジニアリングを特徴とするブランドである。特にMIDI(Musical Instrument Digital Interface)によるフルコントロール機能をいち早く導入するなど、デジタル技術との親和性を追求した点が特筆される。
- 音響的特徴:
Englのサウンドは、DiezelやBognerが持つオーガニックな真空管の飽和感とはやや異なり、ソリッドステートアンプにも通じる、極めて速いアタック・レスポンス(Attack Response)と高い解像度(音の分離)を持つ。- Powerball:
モダンメタルシーンの要求に応え、中音域をアグレッシブにカットしたサウンドに特化。 - Invader:
より多機能なフラッグシップ機。 そのサウンドは「カミソリのようにシャープ(Razor-sharp)」と形容され、高速なパッセージや低音弦のリフでも音の輪郭が不明瞭にならない、タイトな歪みを提供する。
- Powerball:
- 適合ジャンル:
テクニカル・デスメタル、メロディック・スピードメタル、メタルコア - 使用アーティスト:
ヴィクター・スモールスキ(Rage)やクリス・ブロデリック(ex-Megadeth)といった、テクニカルなプレイを身上とするギタリストに愛用者が多い。
デジタルモデリング環境への応用
アンプシミュレーターにおいて、これらの欧州ハイゲイン・アンプ群を扱う際、Mesa Boogie Rectifierとは異なるアプローチが求められる。
これらのアンプは、膨大な低音域を出力可能であるが故に、シミュレーター上でそのまま使用すると、音像が飽和し不明瞭になる「ブーミー(Boomy)」な状態に陥りやすい。
モダンメタル特有のタイトで分離の良いリフサウンドを得る鍵は、「ハイパス・フィルター(ローカット)」の活用にある。実機のレコーディングと同様に、アンプモデルの前段(またはミキサー/EQの後段)で、不要な超低音域(およそ80Hz〜120Hz以下)をカットすることが、音の輪郭を明確にする上で不可欠なテクニックである。
まとめ
1990年代以降、ヨーロッパ、とりわけドイツのビルダーたちは、米英の伝統的なアンプ設計とは異なる、緻密な工学的アプローチによってハイゲイン・サウンドを再定義した。Diezelが提示した「音の密度」、Bognerの「音色の多様性」、そしてEnglの「音の解像度」は、細分化・過激化するヘヴィミュージックシーンの要求に対する、欧州からの明確な回答であった。
しかし、アンプリファイアの進化は、ハイゲインという一方向へのみ進んだわけではない。同時期、もう一つの大きな潮流として、FenderやMarshallといった初期の名機の音響特性を、現代の技術と厳選された部品で蘇らせ、あるいは発展させようとする「ブティックアンプ」の世界もまた、隆盛を極めていたのである。次章では、この「究極のトーン」を求める潮流について論じる。