前回の記事では、部門間の壁を越えて収益創出プロセス全体を最適化する「レベニューオペレーション(RevOps)」の概念を解説した。このRevOpsという設計思想を実現するためには、それを支える技術的な基盤が不可欠である。
本稿では、その技術基盤の中核をなす「テクノロジースタック」という考え方と、その主要な構成要素であるMA、CRM、SFAの役割と連携について解説する。
テクノロジースタックとは何か
テクノロジースタック(通称:テックスタック)とは、特定の目的を達成するために組み合わせて利用される、複数のソフトウェアツールの集合体を指す。現代のマーケティングおよびセールス活動においては、顧客データの収集、管理、活用を自動化・効率化し、部門間の連携を円滑にするためのツール群がこれにあたる。
優れたテックスタックは、単に便利なツールを寄せ集めたものではない。それは、各ツールが互いにデータを連携させ、一つの統合されたシステムとして機能するように、戦略的に設計されたものである。これは、エンジン、トランスミッション、電子制御ユニットといった個別の部品が精密に連携して初めて自動車が動くのと同様の原理である。
収益創出を支える3つのコアテクノロジー
企業の成長フェーズや業種によって最適なスタックは異なるが、その中核にはほぼ共通して以下の三つのテクノロジーが存在する。
1. MA(マーケティングオートメーション):見込み客の創出と育成
MAは、マーケティング活動の初期段階、すなわち「ファネルの最上部」を担うシステムである。その主な機能は、匿名の訪問者を実名の見込み客(リード)へと転換させ、その熱量を高めていく(育成する)プロセスを自動化することにある。
- リードジェネレーション:Webサイト上のフォームなどを通じて、訪問者の連絡先情報を獲得する。
- リードナーチャリング:獲得したリードの行動履歴(ページの閲覧、資料のダウンロードなど)に基づき、パーソナライズされたメールを自動で送信するなど、継続的な関係を構築する。
- リードスコアリング:リードの属性や行動に点数を付け、購買意欲の高さを客観的に評価する。
MAは、潜在的な顧客を効率的に発見し、セールスが対応するのに最適なタイミングまで、その関心を温めるための強力なエンジンとして機能する。
2. CRM(顧客関係管理):顧客情報の一元管理
CRMは、テックスタック全体の「頭脳」あるいは「心臓部」と位置付けられる、最も重要なデータベースである。その目的は、全ての顧客および見込み客に関する情報を、組織全体で一元的に管理し、共有することにある。
- 顧客データベース:企業名、担当者、連絡先といった基本情報から、過去の商談履歴、問い合わせ内容、購入製品に至るまで、顧客に関するあらゆるデータを集約する。
- 単一の信頼できる情報源(Single Source of Truth):CRMがあることで、マーケティング、セールス、カスタマーサポートの全部門が、常に同じ最新の顧客情報にアクセスできる。これにより、部門間の認識の齟齬や、顧客への対応の重複といった問題を解消する。
3. SFA(セールスフォースオートメーション):営業活動の効率化と管理
SFAは、セールス部門の活動、すなわち「ファネルの最下部」を支援するためのシステムである。多くのSFA機能は、現代のCRMに統合されていることが多い。
- 案件管理(パイプライン管理):各商談がどの進捗段階にあるかを可視化し、次のアクションを管理する。
- 行動管理:営業担当者の電話や訪問といった活動履歴を記録し、チーム全体のパフォーマンスを分析する。
- 売上予測:現在進行中の案件データに基づき、将来の売上を予測する。
SFAは、セールスプロセスを標準化し、属人的な管理から脱却させ、データに基づいた科学的な営業活動を可能にする。
テクノロジー連携によるデータの流れ
これら三つのツールは、連携して初めてその真価を発揮する。理想的なデータの流れは以下のようになる。
- Webサイトを訪れた匿名のユーザーが資料をダウンロードし、その情報がMAに登録される。
- MAは、そのユーザーの行動を追跡し、メールなどでナーチャリングを行う。ユーザーのスコアが一定の基準値を超えると、「有望な見込み客(MQL)」と判断される。
- MQLの情報は、自動的にCRMに同期され、セールス担当者に新しいリードとして割り当てられる。
- セールス担当者は、CRM上のSFA機能を使い、そのリードに対するアプローチを開始。商談の進捗や対話の履歴を全てCRMに記録していく。
このように、MAからCRM/SFAへとデータが滑らかに流れることで、マーケティングとセールスの間で、機会損失や情報伝達の漏れがない、シームレスな連携が実現される。
RevOpsを実現するバックグラウンド
戦略的に設計されたテクノロジースタックは、RevOpsという思想を実現するための技術的な背骨である。それは、業務を効率化するだけでなく、顧客に関するあらゆる活動をデータとして蓄積し、ビジネスの状態を客観的に可視化する。
しかし、いかに優れたシステムを導入したとしても、それによって得られるデータを活用する文化がなければ意味をなさない。次回は、これらのツールから得られるデータを基に、組織全体で賢明な意思決定を下すための「データドリブン文化」の構築について論じていく。