第08回:部門の壁を越える成長エンジン – レベニューオペレーション(RevOps)の概念

これまでの章では、マーケティングとセールス、それぞれの領域における戦略と戦術のフレームワークを個別に論じてきた。しかし、これらの高度な活動も、部門間の連携が円滑でなければ、その効果は著しく削がれてしまう。多くの組織が直面する課題は、部門間に存在する見えない壁、すなわち「サイロ」である。

マーケティングはリード獲得数を、セールスは成約数を、そしてカスタマーサクセスは顧客維持率を、それぞれが個別の目標を追いかける。この分断は、非効率な情報伝達、データの一貫性の欠如、そして何よりも顧客体験の分断を引き起こし、企業全体の成長を阻害する。

本稿では、この根深い課題を解決するための、現代的な組織機能の考え方「レベニューオペレーション(RevOps)」を解説する。

レベニューオペレーション(RevOps)とは何か

レベニューオペレーション(RevOps)とは、マーケティング、セールス、カスタマーサクセス(顧客サポート)といった、収益(Revenue)に関わる全ての部門を横断的に連携させ、プロセス、データ、テクノロジーを統合管理することで、収益創出プロセス全体の最適化を目指す経営機能である。

これは、単なる新しい部門の名称ではない。従来の「分業体制」から脱却し、顧客獲得から関係維持、拡大までの一連のライフサイクルを一つの連続した「エンジン」として捉え、その性能を最大化するための設計思想そのものである。

従来の組織が、各々が独立して動く歯車の集まりだとすれば、RevOpsはその歯車同士が完璧に噛み合い、摩擦なく動力を伝達できるように設計・調整するエンジニアリング部門に例えることができる。その目的は、個々の部門の成功ではなく、組織全体の収益という最終成果の最大化にある。

RevOpsを構成する4つの柱

RevOpsは、以下の4つの要素を統合的に管理することで、その機能を発揮する。

1. プロセスの統合(Process Unification)

顧客が最初に企業を認知してから、製品を購入し、継続的に利用するまでの全行程(カスタマージャーニー)を、一つの切れ目のないプロセスとして設計する。例えば、マーケティングが獲得したリード(MQL)をセールスが引き継ぐ(SQL化する)際の明確な基準や手順を定義し、部門間のスムーズな連携を保証する。これにより、機会損失を防ぎ、一貫した顧客体験を提供する。

2. データの統合(Data Unification)

各部門が個別に管理している顧客データを一元化し、組織全体で信頼できる唯一のデータ基盤(Single Source of Truth)を構築する。マーケティングの施策効果、セールスのパイプライン進捗、顧客の利用状況といった異なるデータを統合的に分析することで、収益予測の精度を高め、データに基づいた客観的な意思決定を可能にする。

3. テクノロジーの統合(Technology Unification)

マーケティングオートメーション(MA)、顧客関係管理(CRM)、営業支援システム(SFA)といった、各部門が利用するテクノロジーツール群(通称:テックスタック)全体の設計と管理を担う。各ツールが円滑にデータ連携し、プロセスを自動化・効率化できるように最適化する。

4. 組織横断的な視点(Cross-functional Perspective)

RevOpsは、特定の部門の利益ではなく、常に会社全体の収益という視点から物事を判断する。そのため、各部門のKPI(重要業績評価指標)が、組織全体の目標と整合性が取れているかを監督し、必要であればその見直しを促す。これにより、部門間の利害対立を防ぎ、全部門が同じ目標に向かって活動する体制を構築する。

RevOpsがもたらす組織変革

RevOpsを導入することは、単なる業務改善に留まらない。それは、組織の文化そのものを変革するアプローチである。

部門間の壁が取り払われ、データが民主化されることで、組織内の透明性は向上する。各部門は、自らの活動が収益プロセス全体にどのような影響を与えているかを客観的に把握できるようになり、より建設的な協力関係が生まれる。結果として、企業は市場の変化に対して迅速かつ柔軟に対応できる、しなやかな組織へと進化することが可能となる。

組織が成長に適した構造を持つ

再現性のある成長は、優れた戦略や戦術だけで実現されるものではない。それを実行する組織そのものが、成長に適した構造を持っている必要がある。レベニューオペレーションは、部門間のサイロを破壊し、マーケティング、セールス、カスタマーサクセスを一つの強力な成長エンジンとして統合するための、現代における組織論の答えの一つである。

この強力なエンジンを実際に動かすためには、その動力源となる具体的なテクノロジーの理解が不可欠となる。次回は、RevOpsの中核をなすテクノロジースタック、すなわちMA、CRM、SFAの役割と、それらの連携について具体的に掘り下げていく。

でるたま~く

グローバル戦略の支援企業でCEOを務めています。英国で高校教師を務めた後、ドイツで物理学の研究を続けました。帰国後はR&D支援のマネージャー、IT企業の開発PMを経て現在に至ります。趣味はピアノとギター演奏。

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