第02回:マーケティングとは何か?- 顧客を創造し、惹きつけるための設計図

前回の記事では、優れたプロダクトが必ずしも市場で成功するとは限らず、その背景には価値の「創造」と「伝達」との間に溝が存在することを論じた。今回は、その溝を埋めるための価値伝達プロセスの根幹をなす「マーケティング」とは何か、その本質と構造を定義していく。

広告宣伝だけがマーケティングではない

「マーケティング」という言葉は、しばしば広告、SNSでの宣伝、あるいはキャッチーなコピーの作成といった、断片的な活動と同一視されがちである。しかし、これらはマーケティングという広大な領域における、ごく一部の戦術に過ぎない。

もしマーケティングを単なるプロモーション活動と捉えてしまうと、プロダクトが完成した後に「さて、どうやってこれを宣伝しようか」という後付けの思考に陥ってしまう。これは、価値伝達の失敗を招く典型的な過ちである。本来のマーケティングは、プロダクト開発よりも前に始まり、顧客との長期的な関係構築まで続く、一貫したプロセスなのである。

マーケティングの本質:「販売」を不要にする仕組みづくり

経営学者のピーター・ドラッカーは、「マーケティングの理想は、販売を不要にすることである」という言葉を残した。これは、マーケティング活動が究極的に達成されれば、顧客がプロダクトの価値を深く理解し、自ずと「買いたい」という状態になるため、強引な売り込み(セールス)が必要なくなる、という意味である。

この思想に基づき、マーケティングの本質を次のように定義しておこう。

「市場を理解し、顧客を創造し、製品が自然と売れていく仕組み(システム)を構築する一連のプロセス」

これは、行き当たりばったりの活動ではなく、明確な目的を持った戦略的な「設計」である。その設計図は、主に以下の4つの段階から構成される。

1. 市場の理解(Research & Analysis)

全ての設計は、土台となる土地の理解から始まる。マーケティングにおける土地とは「市場」である。市場調査、競合分析、そして何よりもターゲットとなる顧客候補へのインタビューなどを通じて、彼らが抱える真の課題、ニーズ、欲求を深く探求する。この段階がなければ、後の全ての活動は的を外すことになる。

2. 戦略の策定(Strategy)

市場を理解したら、次に「誰に、どのような価値を提供して、競合とどう差別化するか」という戦略を策定する。ここでは、STP分析という論理的フレームワークが用いられることが多い。

  • セグメンテーション(Segmentation):市場を類似したニーズを持つグループに細分化する。
  • ターゲティング(Targeting):最も価値を提供できる、攻略すべきグループを決定する。
  • ポジショニング(Positioning):ターゲットの心の中で、自社製品を競合と明確に区別できる独自の地位を確立する。

3. 価値の具現化(Product, Price, Place)

戦略が定まると、それを具体的な形にする。実のところ、プロダクト開発そのものがマーケティング活動の一部なのである。ターゲット顧客の課題を解決する機能を実装し、彼らが納得する価格を設定し、そして彼らが最もアクセスしやすい場所や方法(店舗、ウェブサイト、アプリなど)で提供する。これら全てが、価値を顧客に届けるための設計の一部である。

4. 価値の伝達(Promotion)

そして最後の段階として、具現化された価値をターゲット顧客に伝える活動、すなわちプロモーションが行われる。ウェブサイトでの情報発信、コンテンツマーケティング、広告、PR活動、SNS運用などがこれにあたる。戦略に基づいて一貫したメッセージを発信することで、初めて効果的なコミュニケーションが成立する。

顧客との接点を可視化する「マーケティングファネル」

これらのマーケティング活動は、顧客がプロダクトを認知し、最終的に購入に至るまでの心理的な道のりに沿って設計される。このプロセスを可視化したモデルが「マーケティングファネル」である。

  • 認知(Awareness):顧客が課題やプロダクトの存在を初めて知る段階。
  • 興味・関心(Interest):顧客がより多くの情報を求め、理解を深める段階。
  • 比較・検討(Consideration):顧客が競合製品などと比較し、自身の課題解決に最適か評価する段階。
  • 行動(Action):顧客が購入や問い合わせといった具体的な行動を起こす段階。

マーケティングの役割は、このファネルの各段階で適切な情報や体験を提供し、より多くの潜在顧客を次の段階へとスムーズに導くことにある。

おわりに

マーケティングとは、単発の宣伝活動ではなく、市場と顧客を深く理解し、価値の発見から伝達までを一貫して設計する、ビジネスの根幹をなす知的活動である。それは、プロダクトという「価値」と、それを求める「顧客」とを結びつけるための、壮大かつ緻密な設計図に他ならない。

この活動によって、プロダクトに興味を持ち、その価値をある程度理解した見込み客が創出される。しかし、最終的な購入の意思決定には、もう一つの重要なプロセスが必要となる。

次回は、このマーケティング活動を経て創出された機会を、最終的な「成約」へと転換させる「セールス」の役割と構造を定義する。

でるたま~く

グローバル戦略の支援企業でCEOを務めています。英国で高校教師を務めた後、ドイツで物理学の研究を続けました。帰国後はR&D支援のマネージャー、IT企業の開発PMを経て現在に至ります。趣味はピアノとギター演奏。

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