第09回:【間接工作】手を汚さずに敵を打ち破る「猫の爪(キャッツ・パウ)」と自らの隠蔽

目次

不人気な決断を自分で下す指導者の致命的な失敗

組織の改革や作り直しを進める際、「自分が嫌われ役を引き受けて、人に嫌がられる決定や処罰を直接言い渡すのが責任あるリーダーの姿だ」と信じ込んでいる人間が数多く存在します。

人員削減、予算のカット、あるいは本人にとって不本意な降格人事など、組織にとって痛みを伴う宣告を自らの口から堂々と相手に突きつける姿勢は、一見すると勇気ある誠実な態度に見えるかもしれません。

しかし、権力の仕組みから見れば、自らの手で人に嫌がられる処罰を下し、相手の憎しみの矛先を直接自分に向けさせる行為は、自らの寿命を大きく縮める最悪の失策です。

正当な理由があったとしても、直接に攻撃され、損を被った人間は、その原因となった人物に対して激しい執念と仕返しの感情を燃やし続けます。

自らの手を汚して正面から敵を作る愚かさを捨てない限り、あなたは改革をやり遂げる前に、積み重なった相手の恨みによって足元から切り崩されることになります。

一度でも憎しみの対象として名指しされてしまえば、その評判は静かに、しかし確実に組織中を巡り、あなたが次に何を語っても素直に受け止められることはなくなっていくのです。

正義感から嫌われ役を引き受けてしまう罠

組織の中で正義感に燃え、都合の悪い真実や厳しい評価を直接相手に叩きつける真面目な人間ほど、周囲から「冷たくて攻撃的な人物」というラベルを貼られ、孤立していきます。

本人は組織を正すためや成果のために力を尽くしているつもりであっても、人間の社会において「自分に損をさせた人物」への憎しみは、正しいかどうかという理屈をはるかに上回る破壊力を持ちます。

対立する相手や不満を抱える者を感情のままに非難したり、自ら泥沼の争いに足を踏み入れるのは、戦略を欠いた子供の振る舞いに過ぎません。

しかも、一度正面から挑んで敗れた人間には、二度と重要な場面を任せてもらえないという静かな代償までもが、その後も長く付きまとうのです。

自らの手をきれいに保ちながら、都合の悪い処罰や人に嫌がられる決定を、いかにして狙いどおりに実行させるか。

問題は正義感そのものを捨てることではなく、その刃をどこに向け、誰の手で振らせるかという一点に尽きます。

憎しみの矛先を自らの体から巧みにそらすことに成功してきた権力者たちだけが、密かに実践してきた三つの静かな真実が、そこには横たわっています。

第一の真実:都合の悪い処罰は「代理人(キャッツ・パウ)」に実行させよ

第一の真実は、自らは常に徳と成果を伝える側であり続け、人に嫌がられる処罰や痛みを伴う決定はすべて「代理人(キャッツ・パウ)」、つまり自分の代わりに手を下す者にやらせるという鉄則です。これはロバート・グリーンが「手を汚すな」という言葉で説いたものでもあります。

「火中の栗を拾う」の寓話において、ずる賢い猿が自らの手をやけどするのを避け、おだてて乗せた猫の手(猫の爪)を使って栗を拾わせたように、権力者は都合の悪い作業を他人に代わりにやらせなければなりません。

組織内で人に嫌がられるリストラや厳しい費用の削減、あるいは特定のグループの降格を思い切って行う際、賢い君主は自らが前面に立つことを絶対に避けます。

外部のコンサルタント、社内の法務や人事の部門、あるいは社内で攻撃的な性格を持つ第三者を「手先」として前面に立たせ、彼らに嫌われ役と処罰の実行をすべて担わせるのです。

実際、業績の振るわない企業の立て直しの場面では、大規模な人員削減という嫌われ役だけを引き受けるために外部から招かれ、それをやり終えるとまもなく去っていく再建請負人型の経営者がしばしば登場します。

彼らは狙いどおり汚れ役だけを引き受ける使い捨ての代理人として起用され、その間、創業者や大株主は常に情け深い監督者としての顔を保ち続けることができるのです。

自らは常に「救う側」あるいは「公平な調停役」という仮面をかぶり続け、悪い感情の弾薬をすべて代理人に引き受けさせることが、自らの権威と支持を傷つけずに保つための絶対の条件となります。

第二の真実:チェーザレ・ボルジアの二段構えの工作と「用済み後の切り捨て」

第二の真実は、都合の悪い処罰を冷酷な代理人に完璧にやり遂げさせた上で、最後はその代理人自身を切り捨てることで、積み上がった民衆の怒りまでも自らへの感謝と服従にすり替えてしまうということです。

代理人を使った工作の極みとしてマキアヴェッリが『君主論』第7章で絶賛したのが、ルネサンス期の英雄チェーザレ・ボルジアがロマーニャ地方で見せた、冷たい二段構えの統治の工作です。

秩序がなく無法がはびこっていたロマーニャを手中に収めたチェーザレは、秩序を取り戻すという人に嫌がられる残酷な作業をやり切らせるため、きわめて冷酷で行動力のある家臣、レミッロ・デ・オルコにすべての権限を与えて現地に送り込みました。

オルコは期待どおり、圧倒的な暴力と厳しい処罰によって短い期間で反乱分子を抑え込み、完璧な秩序を取り戻しましたが、その代償として住民たちの激しい怒りと燃え上がる憎しみを一身に集めました。

秩序が戻ったことを確かめたチェーザレは、住民の不満が自分に向くのを防ぐため、ある朝、オルコを処刑し、その遺体を真っ二つにして広場にさらしました。

住民たちは、オルコの荒れた支配から自分たちを解き放ってくれたチェーザレの冷たい決断に驚き喜び、恐怖と感謝が入り混じった絶対の服従を彼に捧げたのです。

この計算の巧みさは、住民の怒りという限りある感情を、代理人の処刑という一度きりの見世物で使い果たさせた点にあります。

現代の組織においても、評判の悪かった改革担当の役員をいったん交代させ、後任に穏やかな人物を据えることで社内の空気を入れ替えるという手法は、この二段構えの形を色濃く受け継いでいるのです。

残酷な処罰を代理人に完璧にやり遂げさせた上で、最後はその代理人を切り捨てて人々の不満を一気に吐き出させる。この二段構えの計算こそが、手を汚さずに絶対の支配を打ち立てる最高の戦い方です。

第三の真実:相手に「自分で選んだ」と思わせる「配られたカードの操作」

第三の、そして最後の真実は、相手に自分で選んだのだと思い込ませながら、実際にはどの選択肢を選んでも自らの利益にしかならないよう、あらかじめ盤面そのものを作り変えてしまうということです。

敵対する勢力や従わない者を追い詰める際、相手に直接の命令や強制を突きつけると、強い反発と抵抗を引き起こします。

これを避ける手立てとなるのが、相手に自分で選んでいると思わせながら、どの道を選んでも自らの利益にしかならないように盤面を詰めていく手法です。ロバート・グリーンはこれを「選択肢をコントロールせよ」と呼びました。

アメリカの外交官ヘンリー・キッシンジャーが得意としたこの交渉術は、相手に対して一見すると自由な二択や複数の選択肢を示しますが、その選択肢のすべてが、あらかじめ自らの計算どおりに作られた罠となっています。

「この厳しい条件を受け入れるか、さもなければ自ら辞任するか」というように、相手が自分の意思で損な道を選んだと思わせることで、後からの不当な抗議や仕返しの動機を根こそぎ奪うことができます。

心理学における認知的不協和、つまり自分の行動と考えのずれを埋めようとする心の働きの研究でも、人は強制されて従った行動よりも、たとえ誘導された結果であっても自分の意思で選んだと信じ込んだ行動を、後から強く正しかったことにしやすいと繰り返し示されています。

つまり相手は、自分の判断で選んだという記憶そのものによって、抵抗する動機を自らの手で封じ込めてしまうのです。

相手を追い詰めるのは自らの直接の力ではなく、相手自らが選んだ「選択の結果」という形によって成し遂げられなければならないのです。

明日から職場で実践すべき3つの間接工作アクション

では、相手自らが選んだという形で決着をつけるこの視点を手にした上で、明日からの現場でこの間接工作と自分を隠す技術を具体的にどう使えばよいのでしょうか。ここで、安全かつ確実に敵の力を奪うための間接工作アクションを3つ示します。

第一に、部下への厳しい評価やプロジェクトの打ち切りといった痛みを伴う決定を、自分個人の考えとして語るのをやめ、社内規定や上層部の査定、あるいは第三者の監査結果という「外部の力」を伝える役として伝えることです。

第二に、社内の対立する勢力を排除したい場合、自ら直接戦いを挑むのではなく、彼らと利害がぶつかる別の部署やライバルを裏から支え、彼らに代わりに戦わせることです。

第三に、相手に交渉や判断を迫る際は、相手に「自分で決めた」という納得感を与えつつ、どの選択を選んでも自分の狙いどおりの結果に行き着くよう、事前に選択肢の条件を細かく整えておくことです。

正義感から来る直接攻撃を即座に封じ、影から糸を引く戦略家へと振る舞いを切り替えてください。

影から盤面を操り、手を汚さず大義を成し遂げよ

ここで明かしたキャッツ・パウの間接工作は、身内を裏切ったり他人に罪をかぶせたりするための下品なだまし技ではありません。それは、あなたが組織の泥にまみれた争いの中で、いわれのない憎しみの的になることを防ぎ、真の目的と大義を最小の摩擦でやり遂げるための、最も洗練された統治の技術なのです。

同時にこの技術は、目的を果たした後にこそ必要となる信頼と評判を、筋の通らない恨みから静かに守り抜くための保険でもあります。

自分で嫌われ役を引き受けるから、背後から刺される。

直接攻撃を仕掛けるから、泥沼の仕返し合戦に巻き込まれる。

強制を突きつけるから、激しい反発を生む。

無謀な正義感に酔いしれ、泥仕合の果てに敵の恨みによって引きずり下ろされる側に留まり続けるのでしょうか。それとも、代理人と選択肢という仕組みを冷たく操り、自らの手をきれいに保ったまま勝利をつかみ取る側に立つのでしょうか。

そう、真の勝利者とは、自らの手で剣を振るう者ではなく、誰にも気づかれずに盤面の糸を静かに引き切った者だけなのです。

目次