第03回:【能力配置】無政府状態(アナキー)のサバイバル ― 構造的リアリズムに学ぶバランス・オブ・パワー

目次

裁判官のいない組織という無慈悲な戦場

強い権力を持った人物の筋の通らない決定に対し、客観的な正しさを掲げて上部組織や人事部に不服を申し立てても、事態が何一つ改善されないどころか、かえって自分の立場が急速に悪くなっていく場面があります。

人間は、組織の上層部や人事部門が常に公平な裁判官として働き、正しい者を救い出してくれるという、警察がいつでも守ってくれるかのような思い込みを抱きがちです。

しかし、社内政治や派閥の争いが激しくなる現場において、客観的で中立な、絶対の裁き手はどこにも存在しません。

ルールやコンプライアンスという言葉がどれほど強調されていようと、実際の現場は、法と強い力の及ばない国際社会と同じ、むき出しの自己防衛が支配する世界なのです。

たとえ就業規則やコンプライアンス窓口が整えられていても、実際にその運用を決めるのは、自らの評価や保身と無縁ではいられない、生身の人間たちに過ぎません。

彼らに公平な審判役を期待すること自体が、この戦場の実際の姿を読み違えた、取り返しのつかない誤りなのです。

自らを守ってくれる、自分を超えた存在などいないという仕組みを直視できない人間から順番に、権力争いの巻き添えとなって姿を消していきます。

組織の平和という思い込みが招く無条件降伏

社内の平和や調和を信じ込み、自分から他人に危害を加えない限り相手からも攻撃されないだろうという楽観は、組織政治において最も命取りになる弱点となります。

誰もが自らの生き残りと立場を守るために必死である環境において、無防備でいることは誠実さではなく、ただの狙いやすい標的であることを意味します。

有力な派閥や声の大きい幹部が縄張りを広げようとするとき、はっきりした対抗手段を持たない人間は、真っ先に資源や権限を奪われる格好の餌食となります。

相手に悪意があるから、あなたを攻撃するのではありません。

相手もまた、権力の空白を埋めて自らの影響力を広げるという、きわめて理にかなった生き残りの行動をとっているに過ぎないのです。

この仕組みの上での対立を理解しないまま「なぜ自分がこんな目にあうのか」と嘆くだけでは、みじめな全面降伏を繰り返すことになります。

この現実を認めないまま組織の平和という幻想にすがり続けることは、自分の身の安全を丸ごと投げ出す選択と変わりません。

丸腰のまま盤上に立ち続ける愚かさに気づいたところで、次に見据えるべきは、この無政府状態という戦場を静かに支配している、目をそむけたくなるほど冷たい3つの真実です。

第一の真実:絶対の裁き手を欠いた組織は無政府状態である

1つ目の真実は、絶対の裁き手を欠いた組織は、政府なき国際社会と同じ無政府状態に陥る、ということです。

国際政治学者ケネス・ウォルツが展開した構造的リアリズムの理論は、中央に政府の存在しない国際社会の本質を、無政府状態、すなわちアナーキーであると定義しました。

このアナーキーな世界において、各国に行動を強いる絶対の警察官は存在せず、自分の安全は自分の力で守るしかないセルフヘルプ、すなわち自己救済が、行動の第一の原則となります。

紀元前5世紀、古代アテネの歴史家トゥキュディデスが書き残したメロス島をめぐる交渉は、この無政府状態の冷たさを今に伝える古い逸話として、広く知られています。

中立を保ちたいと訴える小さなメロス側に対し、圧倒的な軍事力を持つアテネ側は、正義や道理ではなく力の差こそがすべてを決めると突きつけ、最後にはメロスをねじ伏せたと伝えられています。

企業や各種団体といった内側の世界においても、派閥の対立や権力争いが激しくなると、人事や経営陣といった裁きの仕組みは実際には働かなくなり、国際社会と同じアナーキーな状態へと突入します。

この現場において、権力者や既存の強者たちは、決して不当な悪者として暴れているのではありません。

彼らもまた、中央の統制が効かない無政府状態の中で、自らの部署や地位が他者に脅かされないよう、自己防衛と影響力の拡大を最大限に押し進めようと、きわめて理にかなった行動を選んでいるのです。

自分の安全を、社内の正義や上の組織の良識という外部の力に預けようとする者は、自己救済の原則を怠った存在として、自らの防衛線を踏みにじられる結末を迎えます。

組織の中で生き残るためには、自分が置かれている環境が警察のいない無政府状態であることを冷静に見きわめ、自前の守る力と交渉する力を築かなければなりません。

第二の真実:強者になびくバンドワゴンが自滅を招く

2つ目の真実は、強い者になびくという一見かしこい選択こそが、自らの自滅を招く、ということです。

無政府状態の環境で脅威に直面したとき、人間がとり得る行動には、強い勢力にすり寄って従うバンドワゴン行為と、力の釣り合いを目指して弱い者同士が手を結ぶバランシング行為の2つがあります。

社内で力を伸ばす強力な権力者や派閥に対して、多くの人間は保身のためにその傘下に入り、勝ち馬に乗ろうとするバンドワゴン行為を選んでしまいます。

しかし、ウォルツの理論がはっきり示す通り、無政府状態におけるバンドワゴン行為とは、自らの運命と生き残りを強い相手の情けにすべて預ける、全面降伏と同じことです。

あなたを取り込もうとする強力な権力者は、あなたを対等な仲間として尊重しているのではなく、自らの影響力を強めるための便利な道具として使っているに過ぎません。

一度強者の傘下に完全に収まってしまえば、相手があなたを脅威とみなさなくなった瞬間、破格の報酬や立場を与える理由は消え、都合の良い使い捨ての駒として扱われます。

ナポレオン率いるフランスがヨーロッパ大陸の主導権を握りかけたとき、一国では到底かなわない周辺の国々は、何度も敗北を重ねながらも、その都度新たな対仏大同盟を結び、最後には力の釣り合いを取り戻しました。

目先の従属を選ばず、釣り合いを作り出す道を選び続けた国々だけが、最後まで自らの独立を守り抜いたのです。

これに対して、生き残りを最優先とする賢い者がとるべきは、強大な一極への集中を防ぐために、まだどちらにもついていない勢力や弱い立場の者と手を組み、権力の釣り合いを作り出すバランシング行為です。

自分の安全と自立を保つためには、強い勢力になびくのではなく、相手に力を振るわせないための釣り合いの状態を、自ら作り出さなければならないのです。

第三の真実:少数支配の法則が求める冷たい生き残りの計算

そして3つ目の真実は、どれほど民主的な形をとる組織であっても、実際の支配はごく一握りの人間の手に握られている、ということです。

オーストリアの経済学者フリードリヒ・フォン・ヴィーザーは、その著書において、どれほど民主的な形をとる組織であっても、実際の支配は常にごく少数のエリートの手で行われるという、少数支配の法則を解き明かしました。

大衆や一般社員の集まりは、自分たちだけで物事を決めることができず、常に少数のリーダー層が示す枠組みや意思に従って動かされる運命にあります。

この少数支配の法則が行き渡る組織において、権力を握るエリート層は、自らの支配の体制を保ち、内側からの反乱を防ぐために、常に構成員の力の配置と動きを冷たく見張っています。

彼らが特定の部下や同僚を追い出そうと動き出すのは、個人的な嫌悪感からではなく、その人物の発言力や能力の伸びが、自らの支配の土台を揺るがしかねない脅威になったと判断したからです。

1985年、自ら創業した会社の経営から退くことになったスティーブ・ジョブズの事例は、この法則の冷たさを象徴していると、広く語られています。

彼を退けたのは無能な経営陣ではなく、急速に強まる彼の発言力を、取締役会の支配の仕組みに対する脅威とみなした、当時の経営陣による、きわめて理にかなった自己防衛の結果だったとされています。

彼らにとって、組織の安全と自らの地位を保つことは最優先の課題であり、脅威の芽を早いうちに摘み取る行為は、きわめて筋の通った防衛行動に他なりません。

あなたと権力者との間に横たわる、この仕組みの上での損得の対立を直視するとき、感情的な反発は何の価値も持ちません。

少数支配の法則が働く盤面において自分の領域を守るには、相手が何を脅威と見るかを冷静に読み、自らを必要以上に目立たせることなく、欠かせない影響力を着実に積み上げていく、戦略の計算が必要となるのです。

無政府状態の組織を生き抜く3つの具体的アクション

では、相手が何を脅威と見るかを冷静に読み切り、欠かせない影響力を静かに積み上げていくというこの戦略の計算を、明日からの職場でどのように具体的な行動へと落とし込めばよいのでしょうか。

構造的リアリズムと少数支配の法則を踏まえ、無政府状態の組織政治の中で自分の安全と立ち位置を固めるための具体的アクションが、3つ存在します。

第一に、会社の裁きや他人の助けといった外部の正義に期待することを直ちにやめ、自らの部署やプロジェクトの防衛線を、自前の交渉力と実績で築く自己救済の構えを固めることです。

第二に、勢力の強い権力者に安易に従って身を預けるバンドワゴン行為を固く避け、孤立している他の実力者や中間の勢力とひそかに手を組み、強者のふるまいに歯止めをかけるバランシングの枠組みを作ることです。

第三に、自らの成長や成果が、既存の少数エリートにとって直接の脅威と映らないよう、あからさまな野心を隠しつつ、欠かせない役割や専門性を自分のものにして、代わりのきかない立ち位置を確保することです。

受け身の犠牲者の位置から抜け出し、力の釣り合いを自ら操る、攻めのプレイヤーへと振る舞いを変えてください。

力の釣り合いを掌握し自らの領域を守れ

ここで示したバランス・オブ・パワーの防衛理論は、組織の調和をむやみに乱したり、他者の足を引っ張るための不誠実な企みではありません。それは、無政府状態という泥にまみれた場で自らの身を守り、あなたが温めてきた真の構想と成果を確実に守り抜くための、正当な手段なのです。

その釣り合いを制する者だけが、理不尽な盤面の中でも、自らの発言力と居場所を長く守り抜くことができるのです。

少数支配の法則が静かに支配するこの盤面において、釣り合いを自らの手で作り出す構えこそが、唯一信じられる身の守りとなります。

外部の裁判官に頼るから、見捨てられる。

強者の傘下に入るから、使い捨てにされる。

釣り合いを作る努力を怠るから、盤面から追い出される。

力の偏りに怯え、他人の情けにすがったまま、ふるい落とされる側に甘んじ続けるのでしょうか。それとも、むき出しの損得の関係を冷静に読み解き、自らの手で歯止めと釣り合いを作り出す側に立つのでしょうか。

そう、無政府状態の組織において自らの尊厳を守り抜くのは、淡い善意ではなく、冷たい計算に基づく力の釣り合いだけなのです。

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